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「……でも、協力って……どんな事、すれば……」
正直、今すぐにでも出て行きたい。奏英への説得なんてしなくていいから。
でも、竜也さんの目がそれを許さない。逃げ出したら、またさっきみたいに腕を掴まれて引き戻されてしまうだろう。奏英と同じように。
竜也さんは、満面の笑みを浮かべて言った。
「奏英が油断している隙に、背後から殴るんだよ」
「…………は?」
「とりあえず、アイツを自由にしておいたら駄目だ。気絶でもさせて縛ってからじゃないと、話なんてできやしない。アイツは……"異常者"だからさ」
"異常者"。
その言葉の意味が理解できるはずなのに、胸が苦しくなるのは何故だろう。
奏英は、確かに異常で、犯罪者だ。でも、そんな化け物を相手にするような顔をしなくてもいいのに……。
「……何、その顔。もしかして、奏英に同情してる?」
「……いや、そんなこと……」
「アイツに何か言われた? 君が同情するような何か……言われたんだろ? ハハッ!本当にアイツ、そーいうとこだけ頭良いんだよなぁ。ずる賢いっつーか……」
次第に、竜也さんの態度が変わっていく。
何かに取り憑かれたような顔で、竜也さんの顔がぐいと近づいた。
それに驚いて身を引くと、知らず冷や汗が背中を流れた。
「なぁ、兄さんに何言われたんだ?」
奏英とは違う、掴めないような不気味さだった。
何を言われた……というわけではないが、話さないわけにはいかない雰囲気だ。
俺は仕方なく、奏英から打ち明けられた過去の話をすることにした。
幼い頃、父から勉強を強いられ友達ができなかった事。弟に劣等感があって、本当は友達が欲しくてたまらなかった事。
それが、こーいうことを引き起こしてしまった原因だと思ったことを。
「へぇ…………。っふふ、」
全部話し終わると、竜也さんは突然、笑い出した。
部屋中に響き渡るような笑い声に、びくりと肩が跳ね上がる。
……なんだ?
なんで笑ってるんだ……?
「ぁ……あの……」
「君はそれ、信じたのか」
再び近づいた顔に、今度は逃げることができなかった。
腕を掴まれ、竜也さんは俺の胸に頭を擦り付けて笑い出す。肩を揺らして、まるで俺が面白い話をしたかのような空気だった。
「"信じた"って……違うのかよ……?」
「うーん。半分正解、半分嘘」
……嘘?
「あ、正解っていうのは、猫を殺したところと……裕也を誘拐して殺したところだけ」
その瞬間、奏英の話がほとんど嘘だったことに、頭を殴られたような鈍痛が走る。
……あの時の表情も、声のトーンも……全部、演技?
じゃあ、勉強を強いられていたのは?
友達を弟に取られて泣いていたのは……?
「兄さんは昔から嘘つきだったからね。多分、母さんが死んでからかな。親父や俺に構って欲しかったんだと思うけど、本当にうざかったよ……」
信じたくない。聞きたくない。
「それに、親父は俺たちに勉強を強いるなんてことなかった。無関心って感じかな。まぁ、跡取りにはしたかったみたいだけど、兄さんのことはその頃から見放してたね」
奏英の涙も、微笑みも、キスも、全部が嘘になる。
あんなに同情したのに。だから、奏英の側で支えないとって思ったのに。
全部、奏英が考えた計画のうち……?
呆然としていると、そんな俺を見て、竜也さんが口に手を当てて笑っていた。
それから、同志を見つけたとでも言うように饒舌に喋り出す。
「いや、だって、あいつどう考えても頭おかしいだろ? 構って欲しいからって、普通動物殺すか? 誘拐するか?」
「っ…………」
「……弟の友達、殺したりするか?」
急に声のトーンが低くなり、はっとして顔を上げる。
すると、さっきまで笑いながら話していたはずの竜也さんは、明らかに怒っていた。
親指の爪を噛みながら、どこか遠くを見つめてブツブツと呟いている。
「……許せない。裕也を殺すなんて……。ずっと我慢してきたけど、やっぱおかしいよな。なんで俺が我慢しなくちゃなんねぇんだよ……」
竜也さんは、忙しなく脚を揺らし、腕時計に目を落とす。
そういえばさっき、あと三十分だとかなんとか言っていた。あれは、どういう意味なんだ……?
「アイツは死ぬべき人間だ。死ななきゃ駄目だ。俺たちが庇ってやる義理なんてない。あいつは、異常者なんだよ。っ気持ち悪い、気持ち悪い……!!」
ダン、ダン、とテーブルを叩きながら、淡々と奏英の悪口を呟く。
その姿があまりに恐ろしくて、気づけばソファからずり落ちるように逃げ出していた。
わかる。奏英がおかしいのは俺もわかっていることだ。
でも、竜也さんもおかしい。
いや、もしかしたら、兄の犯罪に長年付き合わされて、怒りが爆発しているだけかもしれないけど……。
それでも、今の俺に同情する余裕はない。
「どこ行くんだ?」
背を向けた途端、すぐに声がかかる。
まさか、あんな状態で俺のことを認識しているとは思っていなかった。
……言わなきゃ。まだ、言葉が通じるうちに。
「っ…………お、れ……やっぱ、協力できな……」
「何言ってんだよ。これが終わったら助けてやるっつってんだろ? 大人しく言う事聞いとけよ」
奏英に似ているなんて、なんで思ったんだろう。
全然、全く似ていない。
弾かれたように床を蹴り、玄関へ向かう。
焦りでうまく動かない指。半ばぶち破るようにして玄関の扉を開けると、肌寒い向かい風が出迎えた。久しぶりの感覚だった。
しかし、すくに背後から足音が聞こえて、感動する暇もなく慌てて外に飛び出る。
「だ……っだれ、か、」
叫ぶ暇もない。
階段の位置もわからず、全速力で廊下を走った。この際、ここから飛び降りてでも逃げたくて、廊下の端にたどり着いた瞬間に柵に手をかけた。
その瞬間。
「捕まえた」
背後から思い切り抱き着かれ、後ろに引き倒される。
俺の体を受け止めた男は、用意していたガムテープで俺の口を塞いだ。それから、腕と体をぐるぐる巻きにされ、担ぎ上げられる。
「ンンーーッ!」
「ごめんね。……アイツを殺すのには、君が必要なんだ」
ぼやけた視界に、男の笑った顔が映る。
最後の光が、涙で霞んで見えなくなってしまいそうだった。
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