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青と黒の話。 grut
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※なんかもう色々注意
「なあ、グルちゃん」
「ん?」
「俺と海、行かへん」
夏の終わり。
ゲームBGMが流れる部屋も朱色に染まり始め、これから夕飯でも作ろうかと思っていたとき。
古くからの友人である大先生が突然そう言った。
俺と知り合う前からなのかは分からないが、彼は毎年、夏の終わりに1人で夜の海に行く。
そこで何をしているのかは知らないし、何の理由があってそこに行くのかもわからない。
「良いけど。珍しいな、いつもは1人やろ」
「うん、なんか久々に誰かと2人で行きたくなった」
「そうか。じゃあ今からでも車出そうか?今から出たら今日のうちには帰ってこれると思うけど」
そう言うと彼はうん、ありがとう。とぎこちない笑顔を浮かべた。
不健康な生活で頬は痩せこけて、顔色も悪い。
今の彼は本当に「鬱」という言葉が似合うな、なんて。
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足を進める度にザリ、ザリ、と音を立てる砂浜。
夜の海は想像していたよりもかなり暗くて、不気味な雰囲気を孕んでいた。
だが何故か美しい、と感じてしまうのはやはり海というものを見慣れていない新鮮さからなのだろうか。
「夜の海もええもんやな」
「やろ?ふふ、グルちゃんメガネに水滴付いとうで」
「ほんまや」
なんてくだらない会話をしながら浜辺を歩く。
遠くにある灯台の明かりが一定の時間ごとに海を照らしていた。
この場所における大先生の行動が計り知れなくて、少し恐怖感を煽られる部分もあったが、当の彼は割と普通に海を見ているだけだった。
いや、少し違うか。
普通に海を見ているのかどうかは、俺には分からなかった。
彼の目が、その瞳が、何を映しているのか分からなかった。
ただ遠くの明かりを見ているのか、何かを考えているのか。
俺にはそれがわからなかった。
気付いた時には大先生は海に足を踏み入れていた。
彼の少し草臥れた靴が黒く濡れる。
次第にその黒は彼の足元をじわり、じわりと侵食していく。
何を、しているのか。
訳が分からず呆然と立ち尽くす俺と対照的に、こちらに見向きもしない彼はどんどん脚を沈めていく。
そうか。
こいつは、今、俺の目の前で、自らの命を終わらせようとしているのだ。
駄目だ。
待て、
行くな。
「っと、はは。どしたん?」
「……何、してんの、お前」
気が付くと、俺は海に入り、今にも進まんとする彼の腕を掴んでいた。
彼はゆっくりとこちらを振り向く。
膝下まで迫る水が冷たい。
「なにって、分かってるやろ。自殺やん自殺」
「………は?何言うてんねんお前。笑えん冗談は程々にしとけよ」
「いやいや本気本気。今日は死ぬためだけにここ来てん。」
「……は、」
笑顔とも真顔ともとれぬ表情で、彼は機械のように淡々と言葉を紡いでいく。
喉から絞り出された声が震える。
目の前にいる十何年と連れ添ったはずの彼の思考が全く読めない。
恐ろしくて堪らない。
彼は掴まれていた腕をゆるりと解き、体ごと視線を海の方に向ける。そして小さくため息を漏らすと、いつもと同じ奇麗な、どこか抜けた声で語り出す。
「グルちゃん、俺もう疲れた。
同情を楯にして生きるのも、グルちゃんとか他のメンバーに迷惑かけながらヘラヘラ笑って生きるのも、もう耐えられへん。
自分が情けなくてたまらんわ。
情けなくて不甲斐なくて、
どうしたらええんやろな、って考えた。
俺なりにいっぱい考えたよ。
でも俺頭悪いからさ。
最終的に、大好きなグルちゃんと一緒に死ねばええやん、ってなってさ。
好きな場所で、好きな人と死ねたら本望やん、最高やん、って。」
「なあグルッペン、お前ってほんまに優しいよ。優しいからこそ、こうして失う。
俺が死のうとしたら止めるなんてことも、分かってた。
お前は必ず俺を助けようとするって。
グルちゃんだって分かってたんやろ?薄々気付いてた筈やん。
お前が俺の変化に気付かへん筈がないやん、だってグルちゃんやもん。
でも止めへんかった。止められへんかったんやろ。」
「もう無理やねん、全部。
無理やった。
こうして当たり前のように生きるのが、耐えられへんねん。」
「やから、なあ、」
「グルッペン。
このまま俺と死ぬか、
手ぇ離して俺だけを殺すか、
あんたが決めてくれへん。」
そう言うと彼はまたこちらを向いた。
彼は苦しげに笑っていた。
まるで本心は死にたくない、助けて欲しい、と俺に縋り付いているようなそんな歪な笑み。
世間体のナイフで傷をつけられたまま癒えない傷口が、傷だらけの心が。
今ここで、助けて欲しいと必死に叫んでいる。
嗚呼、そうだ。
俺の知らない所で彼は傷付き、ここまで追い詰められていた。
でもな、違う。
「……ちがう、」
違うんや大先生、俺は。
「いいか大先生、よく聞けよ。」
そして俺は語る。
彼の冷えてしまった手を取り、しっかりと目を見て。
「お前を殺すのは、この場所じゃない。お前が死ぬべきなのは、今じゃない。
俺はお前に死んで欲しくない。
まだお前と一緒にやりたいことが山程ある。
それはお前も同じやって信じてる。」
「しんどかったな、辛かったな。ずっと我慢してたんやな。
そんな時に隣におられへんくてごめん。ごめんな。
死にたいって思うまで、そこまで追い詰められてたのにな。
でも、でもな大先生。
俺はお前と生きていきたい。
お前と少しでも長く笑いあっていたい。
お前と俺が造り上げたこの組織で、このメンバー皆で、馬鹿みたいにゲームして、馬鹿みたいに笑って。
そんな夢をもう少しだけでも見ていたい。
その夢におまえは必要不可欠なんや。
お前がおらんと成り立たん、お前が欠けたら何やってもつまらんのや。」
「今のお前が、生きるのが嫌で、死んでしまいたいと思うんなら、いつか俺が必ず、生きたいと思えるようにしてやるって約束するから。」
「だから、」
「大先生、俺と生きてくれ。」
灯台の明かりに照らされた海。
俺の手と繋がったままの彼の冷えた手に、小さな青が幾つも落ちた。
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大先生が毎年夏の終わりに海に行くという話を聞いてから書きたくて堪らなかった話を。
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