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異常な日常
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「おい、何十分待たすんだ? 早くしてくれ」
昼間だというのに閉めきったテントのなかは薄暗く、3人の男のいる空間ははりつめていた。
うんざりとした口調で軍服の男が、上半身になにも身に付けず、鎖に繋がれた少年を見下ろしながら続ける。
「もういい加減慣れてきただろ。
あと1分待ってやる。それまでにやれ」
先ほどより冷たくなった男の声に、少年の唯一自由な右手が震える。その手には、どの一般家庭にもあるような銀色のナイフが握られていた。
全身は、冷や汗にぐっしょりと湿っている。少年は、口内にたまる唾液を飲み込んで、ゆっくり右手の刃先を腹に向ける。
少年の目の前には、横たわる黒髪の青年。肩から腹まで巻かれた包帯の左半身は真っ赤に染まり、かわりに、その顔は血の気を失い、薄い唇はひび割れていた。
オイ、と男が持つ剣が、汗の流れる少年の左頬に近づく。
ヒュッと喉をならし肩を震わした少年は、呼吸を整えるようにゆっくりと息をはく。
そしてまた右手の震えを抑えるようにゆっくりと吸い、その拳を握りしめ、目を瞑る。
「んぐぅ......」
20センチほどあったナイフの刃の全てが、薄い腹に埋まる。
絶対に慣れることのない異物感、徐々に広がる熱。
「はあ、はあっ......うぅ」
小さな呻き声を漏らしながら、少年の体は、冷えた青年の胸にうずくまる。余すところ無く赤に染まった包帯の上で、ナイフが刺さったままの腹を捩る。土下座するような姿勢で震える小さな裸体。
固く目を閉じる死に顔への憎しみに、少年の瞳に涙が溢れた。
「お、今日は思いきって刺したな。まあ、痛いのは変わらないだろうけど」
軽口を叩く男を少年が弱々しくも睨みつける。それに気づいた軍服の男は、ふっと鼻を小さく鳴らし続ける。
「そう睨むなよ。
ま、お疲れさん。今日はもう叩き起こすようなことはねーよ。
...…それじゃ、明日も頼むわ」
思いもしていない労いの言葉を、ゆっくりと呼吸を止めた少年にかける。背の柱に繋がったままの左腕が、前に傾く体に引かれピンと伸びていた。
軍服の男は、数十秒ほど少年を眺めたあと、カチャカチャと軽い拘束具を外し始める。
その時、テントの入口がめくられた。
「終わったのか?
ジスは俺が運ぶぜ。ちびはよろしくなー、っておいおい。まずはナイフ抜いてやれよ。ひでー男だ」
拘束具を外し始めた男に声をかけたのは、同じく軍服の男。左手に大きな布を抱え、右手は顎の髭を撫でながら血まみれの二人を眺めている。
指摘された男は忘れていたと言わんばかりに、鎖から解放された少年の体を起こし、ナイフを抜く。何度目かの感触だが相変わらず気持ち悪い。
髭の男は抱えていた毛布の一枚を同僚に渡し、もう一枚で手早く青年の体を包んだ。
「俺たちもう飯食い終わっちまったから。午後は2時に班長のとこだ。んじゃまたなー」
返事をもらうつもりもなく、青年を背負った男はテントを出ていった。
少年と二人、残された男は手元に視線を戻し、毛布を広げる。
ゆっくりと右手を滑らせた少年の腹にあるのは、生暖かい血のみで、胸は微かに上下し、薄く開いた唇は呼吸を始めていた。
静まりかえった薄暗い空間に、小さく声が響いた。
「...…可哀想に」
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