アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
ケイスケの秘密
-
夕飯はカレーだった。言うまでもなく、ケイスケ御手製だ。
「人参が入ってる」
「人参も食え」
「むぅ……」
スプーンに載った人参を、シルキーは暫らく難しい顔で眺めていたが――ややあってから意を決したのか、ルーとご飯と一緒に口へ放り込んだ。そして、もぐもぐと数回ほど咀嚼し、それからコップの水で飲み下した。とりあえず、人参に勝った。
シルキーは吸血鬼であるにも関わらず、人間と全く同じように食事を取った。その事について疑問をぶつけてみたところ、「娯楽だよ、娯楽」と、いう事だった。血液だけでも十分活動できるが、血液だけでは味気ない。だからテーブルに着き、食器を使い食事を取る。人生は長いんだから、娯楽の一つや二つは持たないと。と、いうのが、シルキーのモットーであるらしかった。
シルキーが来てからというもの、食事の時間も賑やかになったことに、ケイスケは密かに喜びを感じていた。暖かい食卓というものに飢えていたからだ。
「そうだ」
と、サラダのミニトマトのヘタを取りながら、ケイスケは思いだしたように言った(実際、今、思い出したのだが。すっかり忘れていた)。
「俺、今夜出掛けるからな。留守番、頼む」
「え? ケイスケも出掛けんの?」
「なんだ。お前も出掛けるのか」
と、言う事は、この部屋は完全に無人になるという訳だ。少なくとも、シルキーが帰ってくるまでは。前にも言った通り、この地区は治安が悪いから、部屋を留守にするのに若干の不安があるのだ。施錠してるにも関わらず、無理矢理に鍵をこじ開けて泥棒していかれた、という例も幾つか知っていたし。ケイスケは暫らく顎に手をやり考え込んでいたが、まァ、このマンションはセキュリティもいいし、キチンと施錠していけば大丈夫だろう。
「一応、合鍵渡しておくから」
言いながら、棚の二段目の引き出しに手をかけた時、誰かがチャイムを鳴らした。2人は同時に玄関の方へと視線を向けた。こんな時間に誰だろう? 壁の時計で確認すると、9時になろうとしていた。
「はい、どちら様で……あ、管理人さん……」
ドアを開けると、そこには背の低い小太りの中年男が立っていた。このマンションの管理人だった。ケイスケは軽く頭を下げる。
「今月分の家賃をね、貰いに来たんだけど。わ、悪いねぇ、こんな時間に」
管理人の男はケイスケと目を合わせないように――と言っても、別にケイスケが嫌われているのではない。この男は誰にでもそうなのだ――ニヤニヤしながら言う。
「あ、そうなんですか。お疲れ様です」
ケイスケは靴箱の上の薄い緑色の封筒の中身を確認し、キチンと家賃分の金額が入っているのを確かめてから、それを人当たりの良い笑みと共に管理人に渡してやった。管理人は受け取り、中身をちらと見てから腰のポシェットに封筒をしまい込んだ。
「ありがとうねぇ。毎月ちゃんと払ってくれるの、犬塚さんだけだよ」
「いえいえ、そんな……?!」
それで去ると思った管理人は何故かずいと玄関の中まで無遠慮に入ってきて、その分厚く脂っぽい手でケイスケの手に触ってきた。予想外の動きにギョッとして、ケイスケは口の端の煙草を落としてしまった。幸い、タイルの上だったので、マットに落として火が付くなどという事はなかったが。
おいおい、一体、何だっていうんだ?!
「あ、あの、」と言う、ケイスケの呼びかけは、聞こえているのかいないのか。管理人の太い指がさわさわとケイスケの手の甲を撫ぜている。それは、肥えた芋虫が地を這う姿に似ていた。
.
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
8 / 13