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小鳥が弟になるまで23
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姫子の死を告げても、小鳥は相変わらず小鳥だった。
ぼんやり話して、基本ぼーっと無表情。良く言えば落ち着きがある、悪く言えば感情表現に乏しい。
姫子の死を伝える前と特に変わりはないとは言え、傷ついていないわけはないので近いうちに小鳥の担当医が紹介してくれたカウンセラーの診察を受ける予定だ。
体の回復は進み、もう車椅子を使わなくても自由に歩けるようになっていた。
このままいけば、7月に入る頃には退院できるかもしれない。
小鳥に会いに病院に通うのは、完全に尊の日課となっている。
小鳥が入院してから毎日欠かさず病院に通っているし、今日ももちろん行くつもりだ。
大学での講義を終え、今まさに病院へ向かおうとしていたのだが、教室を出た所で助に呼び止められた。
「尊!」
「何だよ、そんな深刻そうな顔して。」
重い表情の助に多分良くない知らせなんだろうと身構える。
「まずい事になった。」
予想通りの助の言葉に、眉をしかめる。
「明日提出のゼミのグループレポート、画像データが飛んだらしい。」
そう言って助が、自分の携帯の画面を尊に向け、ゼミのグループメンバーから送られてきたメールを見せた。
「…ありえねー。」
メールによると、最後の仕上げをしている段階でパソコンが故障し、資料に差し込んでいた画像のデータが全て飛んだようだ。
画像の元データは別にバックアップをとってあるものの、そのままでは資料に差し込めない。
飛んだ分の画像を、また一から資料に合わせて編集しなおすとなると、かなりの手間と時間がかかる。
「提出期限、今日の19時だろ。間に合う気がしねぇ。」
現在時刻は15時。消えた画像は、グループメンバーで手分けして3日間かけて編集したものだ。今からぶっ続けで処理しても、とうてい4時間では終わらない。
「先生に事情説明して、何とか明日の正午までは待ってもらえる事になってる。」
「…やるしかねぇか。」
ため息と共にそう吐き出して、足早に研究室へと歩きだす。
このレポートを出さなければ、ゼミの単位がもらえない。必修であるゼミの単位を落とすわけにはいかないので、何としてでも仕上げなければ。
「…今日も例の子に会いに行くはずだったんだろ。悪いな、予定ダメにして。」
小鳥が事故にあったと電話で知らされた時、一緒にいた助には小鳥のことを話していた。
「別に、お前が謝る事じゃねぇだろ。」
「いや、そりゃそうなんだけど。何か謝らずには居られなくなるような怒った顔してるから、お前。」
別に、助に腹を立てている訳ではない。
しかし自分は今きっと、助の言葉通りさぞや不機嫌な顔をしているだろう。
今日は小鳥に会えない。その事が、自分でも驚くほど尊を苛立たせた。
「何か、会えないと思うと余計会いたくなってきた。」
「うわ。尊のセリフとは思えねー。」
「俺もそう思う。」
一日小鳥に会えないだけで、自分はこんなにも気持ちが揺らぐのか。
「まるで中毒だな。」
不機嫌を隠さないままの尊を見て助がちゃかすように言う。
「確かにな。」
否定しない尊に、助は軽く目を見開いて驚いているようだった。
本当に、たった一日会えないだけで、こんなにも焦燥感にかられるとは。我ながら、どっぷり小鳥にはまっていると思う。
とはいえ、うだうだ言ったところでどうしようもない。さっさとレポートを片付けてしまおうと、無理矢理頭の中を切り換えた。
*****
「あ゛ーくそっ!終わらねー!!」
19時を回った頃、メンバーの一人がぐったりと机に突っ伏しながら弱音を吐く。
「さすがに疲れたな。腹も減ったし、そろそろ移動するか。」
大学の研究室は21時までしか使えない為、夜は一人暮らしのメンバーの家に集まって作業する予定だった。
まだ少し時間に余裕はあるが、助の提案で、研究室を出て夕飯を食べる事になり、近くのファミレスへと向かった。
作業に集中している間は良かったが、気が緩むとやはり小鳥の事ばかりが頭に浮かぶ。
研究室に向かう前に今日は行けないと小鳥に連絡はしていたし、小鳥からは、気にするな大丈夫だと返事が来ていた。
だが、気にするなと言われてもそんなのは無理な話で。
移動中に携帯を取り出し、小鳥にメールを打つ。
“ちゃんと晩飯食べたか?”
本当は電話で声が聞きたいところだが、相手が病院に居ることを思うと、電話は何かと気兼ねする。
送信ボタンを押して、携帯をポケットに戻そうとしたら携帯が震えた。
もう小鳥から返事が来たのかと画面を確認すると、ディスプレイが表示しているのは父親からの着信で、少しばかり落胆しながら電話に応じる。
「もしもし?」
『尊、明日の朝暇か?暇だろう?』
挨拶もなしに畳み掛けるように話を進める八仁に、ため息混じりに暇じゃねーよと応える。
「明日の正午が締め切りのレポートがあるから、午前中は大学。」
『レポートの提出だけで講義は入ってないんだろう?なら今晩中に仕上げて、朝一でパパッと提出すれば良いだろう。よし!それなら午前は予定が空くな!』
「無理だから。」
『いや~良かった!チョットお前に頼みたい事があってな。』
「……。」
相変わらず、こっちの都合はお構いなしに強引に話を詰めていく八仁。こうなった父には何を言っても聞きやしない。
それでも無理なものは無理なのだから、こちらとてあっさり引き下がる訳にはいかない。
「だから無理だって言って…」
『小鳥君の退院日が決まった。』
「ッーー!?」
『退院までにはまだ日があるが、明日の10時、とりあえず今後の事について主治医から説明がある。お前がどうしても無理だと言うなら私が話を聞きに言ってもいいんだが…どうする?』
どうするなんて、そんな事決まっている。
「俺が行く。」
『そうか。じゃ、頼んだぞ!』
こうなると分かりきっていたかのような、満足気な八仁の声。きっと電話の向こうで、喰えない顔をして笑っているのだろう。
いつもなら父の手のひらで踊らされているようで苛ついただろうが、今はそんな事どうでも良くなる位気分が良い。
小鳥が、退院する。
「なあ、助。」
「なんだ?」
電話を切ってすぐ、助に声を掛ければ気のない返事が返ってくる。
「レポート、今日中に仕上げるから。」
「はあぁぁぁぁぁー!?」
無理だ無茶だ無謀だと叫ぶ助を放置してさっさとファミレスに向かう。
ファミレスに着いて、他のメンバーにも今日中にレポートを終わらせると宣言すると、助と同じ様な反応があったが、さっきと同様サラリと無視を決め込んで携帯を開く。
メールの受信boxに、小鳥からの返信が届いていた。
“食べた”
小鳥らしい簡潔な文章。だが、語尾にはヒヨコの絵文字が付けられていて、それがとても可愛く感じた。
また小鳥に会いたい気持ちが溢れ、明日が待ち遠しくなった。
現在、午前9時。
とあるマンションの一室で、大学生男子4人が、揃いも揃って死んだようにぐったりと床に転がっている。
「…マジで終わるとは思わなかったゎ。」
「俺も…。絶対無理だと思ったのに…」
口々に呟く声も、疲労のせいで力がない。
「いやー、やれば出来るもんだな!」
「いやいやいやいや…普通無理だから、あの量の編集をこんだけ短時間で終わらせるとか、ホント普通無理だから。」
一人明るい尊に対し、ぐったりしながらも助が全力で突っ込んでくる。
無理だと叫ぶメンバーを適当になだめすかし、不眠不休で片っぱしから画像の編集をした結果、朝には無事レポートが完成した。
「しっかし、毎回ながら尊の処理速度は尋常じゃねーわ。レポートの画像、結局半分は尊一人で処理したんじゃね?」
「だよなー。しかも前のより確実にクオリティ上がってるとか、もう化けもんだろお前。」
確かに編集作業は人より得意かもしれない。だが、一度やった事なのだから、二度目の方がスピードもクオリティも上がるのは当然の事だと思う。
「化けもんって、そんなたいそうな事でもないだろ。」
今回は、何がなんでもレポートの完成を急ぎたかった為、率先して仕事を引き受けたが、助だって編集は得意だ。助に任せても同じ様な出来になっただろう。
しかし、それを口に出すと、また助の全力の突っ込みが入る。
「一緒にすんな!お前のは規格外なんだよ。同じレベルに扱われてたまるか。」
だいたいお前はいつも無茶な要求ばっか…と、説教を始めた助を無視して、尊は勢い良く立ち上がった。
「じゃ、俺帰るから。レポートの提出は任せた!」
手元にあったレポートのデータメモリーを助に押し付けるように渡し、早足で玄関へと向かう。
後ろから助が何やら喚く声が聞こえてきたが、気にせずドアを閉めた。
家に帰ってシャワーを浴びた後、簡単に朝食を作る。
食パンがあったので、今日のメニューはフレンチトーストにした。小鳥の分も作って、おやつにでも出してやろう。
尊は特別甘いものが好きなわけではないので、自分の分は甘さ控えめで、小鳥の分には蜂蜜をたくさん使って甘く、甘く焼き上げる。
朝食を食べ終えると、小鳥の分のフレンチトーストをタッパーに詰めて病院へと向かった。
*****
小鳥の担当医の名前が書かれた診察室の前、軽くドアをノックすると、どうぞとすぐに返事がされる。
「失礼します。」
中に入り、軽く挨拶を交わした後、座るよう言われ医師の正面に腰を降ろした。
「早速ですがご連絡していた通り、小鳥君の退院日が決まりました。」
医師の提示した小鳥の退院日は、ちょうど1週間後だった。
「それで、退院後の小鳥君の行き先ですが…」
「小鳥は、家で引き取ります。」
医師の言葉を最後まで待たず、はっきりと告げた。
姫子以外に身寄りがない小鳥は、通常であれば退院後は施設へ入る事になるのだろう。
だが、小鳥が目を覚ました時、この子を自分の目の届かない所へは行かせたくないと思った。
傷だらけの小鳥を見て、側に置いて守ってやりたいと思った。
施設へ入れるなんて考えられない。
だから尊は、小鳥が目を覚ましたその日のうちに八仁に小鳥を引きとってくれるよう頼み、八仁はそれをこちらが驚くほどあっさりと聞き入れてくれた。
「そうおっしゃるんだろうなと思ってました。」
医師は穏やかに微笑んでそう言うと、退院までに必要な事を手際よく説明していった。
説明が一段落して、医師と一緒に小鳥の病室へ向かおうとした時、医師の携帯に着信が入る。
ちょっと失礼しますと尊に断りをいれて電話にでた医師の表情は、話が進むにつれてどんどん険しくなっていく。
「…わかりました。今、こちらに清峰さんがいらっしゃるので、事情を説明して、私たちもすぐそちらに加わります。」
医師のこの一言で、小鳥に何かあったのだと察して、尊にもいっきに緊張が走る。
重たい表情のまま医師は電話を切ると、落ち着いて聞いて下さいねと言った。
頷きはしたものの、心臓は嫌な感じにドクドクと脈打ち、すでに落ち着きなんてものは欠片も残っていない。
「小鳥君が、居なくなりました。」
30分程前、病室に居るのを確認された後、行方が分からないのだという。
だが、それだけで医師がこんな深刻な顔をするとは思えない。1日姿が見当たらないというならともかく、30分くらい大騒ぎする必要はないはずだ。
だからきっと、この後続く言葉が、今小鳥に起こっている何か良くない事の本題なのだろうと身構える。
そして、医師からでた言葉は尊の想像の遥か上をいくもので。
尊は、医師の制止を聞かず、すぐさま診察室から駆け出した。
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