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小鳥が弟になるまで26
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病院内に戻った後、小鳥と二人で、心配を掛けた医師や看護士に頭を下げてまわった。
すいませんでしたと、ありがとうございましたを何度も繰り返し、病室に戻る頃にはすっかり正午をまわっていた。
昼食を食べ損なったので、尊はベッドの上の小鳥に持ってきていたフレンチトーストをせっせと食べさせている。
「ことりー、口開けろー。」
口の前でフォークをぶらぶらさせて呼び掛けると、素直に小鳥が口を開ける。
「…おいしい。」
「そりゃ良かった。」
今度は小鳥自ら口を開けて、尊に次の一口を催促する。
無防備に口を開けて尊がフレンチトーストを口へ運ぶのを待つ様は、何とも微笑ましい。
「ん?どうした?」
小さな口いっぱいにフレンチトーストを頬張る小鳥に和みつつ、次の一口を用意して待っていたら、小鳥が尊に向かって手を伸ばした。
「…フォーク、俺が持つ。」
尊の右手に握られた、フレンチトーストの刺さったフォークを寄越せということらしい。
自分で食べるということだろうか?
食べさせてやるのを楽しんでいたので少し残念な気もしたが、好きにさせようとフォークを手渡した。
すると小鳥は、いつも通りのぼーっとした無表情で、受け取ったフォークをそのまま尊の口の前へと動かす。
「尊、あーん。」
「…俺が食べるのか?」
小鳥が、コクリと頷く。
「尊も、昼ごはんまだだろう?」
そう言って、再度あーんと言いながら小鳥がフレンチトーストを差し出す。
無表情で棒読みなのに、あーんと繰り返す小鳥はとてつもなく可愛くて、顔がにやけるのをとめられない。
「ん、ありがとな。」
にやけ顔のままそう言って口を開くと、小鳥は尊にフレンチトーストを食べさせた。
言う通りにした尊に、相変わらずの無表情ながらも小鳥はほんのり満足そうな顔に見えた。
それがまたどうしようもなく可愛くて、思わず尊はふわふわの雀色の髪をかき混ぜるように豪快に撫でた。
尊の突然の行動に、小鳥はキョトンとした表情で首を傾げている。
その姿も可愛くて…困った、やる事成す事、何もかもが可愛く思えて仕方ない。
すっかり小鳥中毒となった自分に呆れつつ、小鳥の手からフォークを抜き取り、またフレンチトーストを食べさせる。
そこから先は、かわるがわる食べさせあって。
小鳥と食べる甘ったるいフレンチトーストは、朝、自分好みに作った甘さ控えめのものより何倍も美味しく感じて、尊はまた幸福感に包まれたのだった。
*****
飛び降り騒動の後、尊と小鳥の毎日は、めまぐるしく過ぎていった。
唯原小鳥は清峰小鳥になって。
小鳥の退院に合わせ、尊は実家を出て大学近くのマンションで小鳥と二人で暮らし始めた。
長い間不登校だった小鳥は、尊の通う大学の初等部へ編入して。
退院が夏休みと重なった為、通いだすのは秋からとなった。
だが課題だけはしっかり出されてしまい、自由研究やら観察日記やらと、小鳥と一緒に格闘する毎日。
そんな、はじめて二人で過ごした夏休み、小鳥が課題で書いた絵はコンクールで見事入選を果たした。
*****
あれからもう2年。
小鳥にパンケーキを食べさせながら、盛大に過去へと思いを馳せてしまった。
朝の慌ただしい時間でも、小鳥と居るとその独特のゆったりとした空気につられて、こんな風についぼんやりしてしまう事がある。
パンケーキを食べさせ終わり、手が空いた尊はリビングに飾られている絵に視線を移した。
あの夏休み、小鳥が書いたのはやっぱり空の絵だった。
目の冴えるような真っ青な空に、一筋の飛行機雲が描かれている。
一面の青の中、まるで何かを導くかのように、力強く引かれた真っ直ぐな白い雲。
小鳥いわく、退院の日に病院の屋上から見た空をイメージして描いたらしい。
姫子のもとへ行くことを止め、尊の手をとって歩き出したあの日の空。
タイトルは、『まだ、ここに居る。』
たいていの人間はこのタイトルを、飛行機が通り過ぎた後も残っている飛行機雲の事を表していると捉えるだろう。
だが、きっとこの絵とタイトルには、それ以上の意味が込められていると尊は思う。
「…尊。」
絵に魅入っていると、いつも通りのぼんやりとした声で袖を引っ張っりながら小鳥に呼ばれた。
「どーした?」
「…遅刻だ。」
「……ん?」
「遅刻。」
「…はっ!?今何時だ!?」
小鳥が指差した先の時計を見れば、針はすでに朝のHRが始まる時間を指そうとしていた。
どうやら尊は、思ったいたよりずいぶん長い時間回想にのめり込んでしまっていたようだ。
「お前っ、どうせなら間に合う時間に声かけろよ!」
「俺も、今気付いたんだ。」
「だぁぁ~!もうっ!とにかく急ぐぞ!!」
まだパジャマ姿のままでぼんやりとしている小鳥を手早く着替えさせ、大急ぎで出掛ける準備を進める。
もちろん、焦っているのは尊ばかり。
小鳥は安定のマイペースで、ぼんやりと尊にされるがままだ。
「ちゃんと荷物持ったな?よし行くぞ!!」
寝癖もろくに直さないまま、必要最低限の用意だけすませて家を飛び出した。
マンションのエントランスから出ると、小鳥の手をとって学校へと走り出す。
重なった手の平から伝わる自分よりもずいぶん小さな小鳥の手の温もり。
2年前からかわる事なく、今も小鳥がとても愛おしい。
手はかかるし、無表情で決して愛想も良くはなく、加えてかなりのマイペース。だが、そんな小鳥を今日も尊は何よりも大切に思っている。
この気持ちにいつか終わりがくるのか、一生続くものなのか…
それはやっぱりまだ分からないが、願わくば、どうか後者でありますように。
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