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小鳥の夏休み3
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「軽井沢上陸ーーっ!!!」
車を降りるなり、音無 静(おとなし しずか)が大きく伸びをしながら空に向かって声をあげた。
おしとやかなお嬢様のような名前をしているが、静は名前に反して大人しくも静かでもない、とても賑やかな男だ。
賑やかなのは中身だけではない。
バレンシアオレンジ色に染められた明るい髪がとにかく目立つ。
自慢のその髪は、いつもワックスで外に向かって跳ねるようにセットされていて、それが更に静の見た目を明るく賑やかな印象にしている。
静はどちらかといえば小柄な方なのだが、見た目も中身も派手なのでどこにいても埋もれることのない、不思議な存在感を放つ男だ。
「静、声が大きい。」
はしゃぐ静にピシャリと注意をするのは月島 聖(つきしま ひじり)。
ミルクティー色の短髪に切れ長の目。銀縁の眼鏡をかけたどこか冷ややかな印象を与える長身の男で、中身もいたってクール。静とは正反対だ。
二人とも卒業後に会社を立ち上げるメンバーで、PV撮影の為に一緒に軽井沢に来ていた。
「ほら!さっさと荷物コテージの中に運ぶぞ!」
一人てきぱきと手を動かしていた助が車から降ろした荷物を静に押し付ける。
尊達は、縁一向とは別にコテージを借りて寝泊まりする。
と言っても、知り合いの別荘を借りる形なので、宿泊費は格安だ。
「しかし、お前の交友関係ってホント謎だわ。こんな別荘ほいほい貸してくれる友達ってどんなだよ。」
ジトリとした助の視線を、尊は笑って軽くかわす。
その責めるような視線で、助の言いたい事は何となく想像がついた。
「今はただの友達だぞ?真剣に付き合ってる彼氏も居るみたいだしな。」
「“今は”って…やっぱ昔はただの友達じゃなかったわけか。」
助の予想通り、別荘を借りたのは昔体の付き合いが少々あった相手だ。だが、お互い割りきっていたので今更揉め事など起こらない。
「まあ、…良い。小鳥の前でするような話でもないしな。」
まだまだ言いたい事はありそうだったが、助は尊の腕の中で眠る小鳥に視線を向けて、渋々と言った様子で口を閉じた。
「爆睡してるから聞こえてないと思うぞ。まあ、聞いてたとしても、小鳥はこの手の話題に慣れてるからサラッと流してくれるだろうけど。」
小鳥は姫子と捲き込まれた事故以来、車が苦手だ。
尊と一緒でなければ乗らないし、乗っている間は神経が過敏になっているのか、絶対に眠らない。
今日は朝早くに出発して車でかなりの距離を移動したが、やはり小鳥はずっと眠らず、運転する尊の隣に座っていた。
そして、目的地に着いた途端、電池が切れたかのように眠ってしまった。
「…お前、本当のところ小鳥とはどうなってるんだ?」
「どうって何が?」
真剣な顔をした助に、少し言いにくそうに問いかけられるが、意味を掴みかねて聞き返す。
「小鳥の事、どう思ってるんだよ。」
「何だよ今更。可愛くて可愛くて仕方ない弟だけど?」
見てて分からねえ?と、当然の答えを返すと、助が眉を潜め難しい顔つきになる。
「お前は、ただの弟にキスマークなんか付けるのか?」
「ただのじゃねーよ、愛して止まない弟だって。」
キスマーク・・・
六道の騒ぎの時の事を言っているのだろう。
真っ白な小鳥の肌に、六道に付けられた赤い痣を見付けた時の、体の奥から沸き上がるような怒りを思い出し、心がざわつく。
「普通、兄弟間でキスマーク付けるような事はないと思うんだが。」
「そうか?チョットしたキンシップだろ。」
何かを探るような助の物言いに、尊は心のざわつきを悟られないよう、軽い調子で応える。
あの時、大事な小鳥に六道が付けた痕があるのが許せなかった。だから尊が上書きした。
あくまで、兄として。
「それに、あの時は“普通”じゃなかっただろ。」
納得していない様子の助に、尊は更に言葉を重ねる。
あの時は、小鳥が襲われるなんてことが起こって、普通じゃない事態だった。だから、もしかしたら、少しだけ兄弟の枠をはみ出たような行為をしてしまったかもしれない。
だが、尊の小鳥への気持ちは、兄弟の枠をはみ出してなどいない。あくまで弟として小鳥を愛している、それだけだ。
兄弟以上の気持ちなどあるはずがない。
「あくまで、兄弟愛だって言いたいわけだ。」
「そうだ。」
まだ何か言いたげに表情を曇らせた助に、少し尖った視線を向ける。
すると、腕の中の小鳥がモゾモゾと体を動かした。
「……みこと?」
長い睫を震わせて、小鳥がうっすらと目を開ける。
「あぁ悪い、煩かったな…まだ寝てて良い、おやすみ小鳥。」
柔らかな髪を撫で、瞼や額にキスを降らせて囁けば、小鳥は気持ち良さそうに尊の胸に擦りより、またゆっくりと眠りに落ちた。
「…ただの兄弟、ねぇ。」
「ん?何か言ったか?」
小鳥を構っている間に助が何か言ったような気がしたのだが、聞き返しても盛大にため息をつかれただけだった。
「せいぜい、小鳥に愛想尽かされないように頑張るんだな。」
「何だよ急に。」
「別に。」
それだけ言うと、助はさっさと荷物を持ってコテージに入って行ってしまった。
一通り荷物の整理を終えると昼を過ぎていたので、皆でリビングに集まり昼食を取ることにする。
寝起きでいつも以上にぼんやりとしている小鳥を隣に座らせて、来る途中にコンビニで買ったポテトサラダのサンドイッチを手渡す。
ちなみになぜポテサラサンドなのかというと、コンビニで小鳥に昼食用に食べたいものを買えと言ったら、
『…じゃがいも食べたい。』
と言ってじゃがりこを持って来たので、尊が強制的にポテサラサンドにメニュー変更したからだ。(でもちゃんとじゃがりこも買った。)
「いただきます。」
きちんと手を合わせてから、小鳥はもそもそとサンドイッチを頬張る。しかし、二口ほどかじったところで、ピタリと口の動きが止まった。
「どうした?まさかもう腹一杯とか言わないよな?」
食欲が落ちているとは言え、いくらなんでも二口で満腹は少なすぎる。
尊の問い掛けに小鳥は、そうじゃないと言うようにふるふると首を横に降り、口の中のものを飲み込んでから、食べかけのサンドイッチを尊に差し出した。
「…りんごが入ってる。」
「あ~、だからか。」
ポテトサラダに苦手なりんごが入っていたようだ。
小鳥はりんごが嫌いなわけではない。むしろ好きなくらいなのだが、生のりんごを食べると舌がいがいがするらしく、あまり食べる事ができない。
「取ってやるからちょっと待ってろ。」
口直しにと小鳥にミルクティーを渡し、尊はサンドイッチを開いて割り箸でりんごだけを手早く取り除いていく。
そうやってせっせと小鳥の世話をやいていると、静と聖がポカンと呆気にとられたような顔でこちらを見ていることに気づく。
「…誰だお前!」
突然静が立ち上がり、尊を指差して叫んだ。
「…お前、本当に尊か?」
冗談など言わないはずの聖まで、そんな冗談みたいな質問を真顔で投げかけてくるしまつ。
「だよな、そういう反応になるよな。」
二人の反応に賛同して、俺も最初は驚いたと助がうんうん頷く。
「弟君相手だと、尊って人格変わるんだなぁ。」
信じられないものを見るような目をして、静がしみじみと呟いた。
「尊が人に尽くす所なんて初めて見た…」
聖も、未だに呆然としたままだ。
「お前ら、俺を何だと思ってるんだ。」
「「「暴君。」」」
小鳥以外の三人の声が綺麗に重なった。
昼食を終え、尊達はそのまま撮影の打ち合わせを始めた。
小鳥はひとり窓辺に移動して、マイペースにぼんやりと外の景色を眺めている。
「縁さん達は今日の夕方こっちに着くんだったよな?」
「あぁ。んで、明日の朝から撮影に入るって。」
助の問いに、尊は返事をしながら縁から受け取っていた撮影のおおまかなスケジュール表をテーブルの上に広げる。
「明日の昼過ぎには手が空くから、早速PVの撮影を始めようと思う。」
「で、どんな内容にするんだ?」
まだ何も聞いてないんだが?と、聖は弱冠苛立った様子だ。
確かに、尊はまだどんな内容の作品にするか聖達に何も説明もしていない。
ただ、『軽井沢で撮影する』と伝えていただけだ。
まあ、説明していないのではなく説明のしようがなかったのだが。
「それは今から考える。」
尊はまだ、どんな内容の作品にするか考えてはいなかった。
「はぁぁっ!?」
尊のノープラン発言に、何だそれ!?と、静が叫ぶ。本当にいちいち賑やかな男だ。賑やかというより、もう煩い。
聖は無言でこめかみをひきつらせ、助は盛大にため息を吐いた。
「…何の計画もなしに、人をいきなり軽井沢まで引っ張って来たのか、お前は。」
秀麗な顔を怒りに歪ませる聖を、まあまあと軽い調子で宥める。
「実際、ここの景色を見て、それに合わせて内容考えた方がしっくりくるものが作れるだろう?」
「いやいや尊さん、普通は内容考えた後に、それに合わせてロケ地を選ぶもんですよ。」
ちゃかすように静が突っ込みを入れてくるが、面倒なので適当に流す。
「じゃあ俺は普通じゃない、天才って事で。まだ時間あるし余裕だろ。」
ヒーリングCDの宣伝用で、長くて5分程の作品の予定だ。しかも、景色をメインにするつもりなので、細かい台本も必要ない。
「お前、これが今後を左右する大事な作品だって分かってるのか。」
苛立ちを隠そうともしない聖に冷たい視線で問いかけられるが、
「別に、これ1本で勝負に出る必要はないだろ?」
と、笑って軽く返した。
「どういう意味だ?」
「今回撮るのはあくまで候補の一つって事だ。」
父に示されている期限までにはまだすいぶんと時間がある。
尊は、今回軽井沢で作る作品以外にもいくつかPVを撮り、父にまとめて提出するつもりだ。
「提出は一作品にしろなんて一言も言われてないからな。」
三作品は作るつもりだから宜しくと、したり顔で宣言すれば、聖は驚きに目を見張り、静はさすが尊!とはしゃいだ。
「そういう事言い出すと思った。三作品って、夏はほぼ撮影にかかりきりだな…」
助だけは尊の考えを予想していたらしく、この先の慌ただしい日々を想像して遠い目をしている。
三つ作るからと言って、手を抜くつもりなどもちろんない。
今回の作品も含め、必ず全て納得のいくものに仕上げる。
*******
「小鳥、本当に一緒に行かないのか?」
もう三度目になる質問。さっきから同じようなやりとりを小鳥と尊は繰り返している。
「ああ。留守番してる。」
夕方、縁からこちらに着いたと連絡が入り、尊は顔合わせがてら縁達の泊まるホテルに行く事になった。
一緒に来ないかと言われたのだが、小鳥はそれを断った。
「縁さんも、小鳥に会いたがってるぞ?」
「明日になれば会える。」
明日尊が縁の手伝いをしている間、小鳥達は撮影を見学していて良いと言われている。その時に縁には会えるだろう。
「小鳥、やっぱり一緒に…」
「行かない。」
すっぱりと断ると、渋々と言った様子で尊が分かったと返事する。
そんな二人の様子を、静と聖は珍しいものを見るような目で観察していた。
「じゃあ、行ってくる。」
「尊…」
玄関まで見送りに出て、扉に手をかけ外に出ていく間際の尊を呼び止める。
「なんだ?」
「…できれば……あまり、遅くなるな。」
引き留めるように服の裾を引っ張って遠慮がちに言えば、一瞬の驚いた顔の後、尊は人の悪い笑みを浮かべた。
「何だよ、俺が居ないと寂しい?」
寂しくないわけがない。一緒に居られない時は、いつだって寂しい。
けれど、小鳥にはそれでも一緒に行きたくない理由がある。
尊が腰を折って、小鳥の目線に降りてくる。コツンと額同士を合わせられ、一気に綺麗な顔が近づいた。
悔しいことに、こんなにやけきった顔ですら尊がすると様になる。
至近距離で見ても欠点など一つも見当たらない整った容姿は、毎日のように見ている小鳥ですらふとした瞬間に見惚れてしまう。
きっと、写真集を作るアイドルとやらも、尊をものすごく気に入る事だろう。
「やっぱり一緒に…「いってらっしゃい。」」
尊の言葉を最後まで聞かず、大きな体をグイグイと押し出して玄関の扉を閉めた。
「お疲れ、小鳥。」
背後から声を掛けられ振り返ると、複雑そうな笑顔の助が立っていた。
「基本的にはぞっとするくらい鋭いくせに、鈍いところは徹底的に鈍くて嫌になるよな、あの
暴君。」
「大丈夫だ。尊にこういう事への気遣いは期待してない。」
そう答えると、労うように助に頭を撫でられた。
「好きな相手が、他の女をちやほやする現場にわざわざ付いて行きたくないって、何であの男は分かんねーかな。」
「……。」
小鳥が尊に付いていかなかった理由は、助のいう通りだった。
尊の今回のバイトの役割は、ごねているアイドルを上手くやる気にさせる事だと事前に聞いていた。
だからきっと、今日の顔合わせでもそのアイドルと親密になるよう尊は振る舞うだろう。
仕事と分かっていても、それを見れば自分がどんな気持ちになるかなんて分かりきっている。
どうにもならないやきもちにモヤモヤさせられるに決まっているのだ。
どうせ明日の撮影見学では嫌でもやきもちを妬くような場面に遭遇するのだろうから、今日くらいは回避したい。
「…明日から大丈夫か?」
助の気遣いの言葉に、小鳥はコクリと頷いた。
「問題ない。やきもちなら妬きなれてる。」
「…苦労してるなぁ。」
助が、またそっと頭を撫でた。
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