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男前めでたい祭りでワッショイ【書いてみました】「船山昇のレシピ」のキャラがSABUROにご来店
茘枝
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「失礼します。」
この店では一番若いホールの男の子が、小さなボウルを運んできた。胸の名札には「ハル」と。
「これ、今日の賄いのデザートです。よかったらご一緒にいかがですか?」
ピンポン玉くらいの丸い果物。赤褐色、ゴワゴワとした殻に覆われて、枝に繋がっている。
「ありがとうございます!生のライチですか?冷凍じゃないのは珍しい。」
「国産は今の時期だけですね。」
ハル君も椅子を引き出し、話に加わった。
一緒に皮を剥き始めたトアさんが言う。
「去年はこのライチを翔が、あ、甥っ子が、気に入ってしまって大変でした。ゴツゴツした殻がゴジラっぽいので『これはゴジラの欠片だよ』って言ってお土産に持って行ったら、真に受けてしまって… この茶色のツヤツヤの種、育てたらゴジラが生えてくる!と思い込んで、あちこちに埋めていました。全部じゃないけど、ちゃんと芽がでますよ、これ。」
男の子はそういうことをやりますね。身に覚えがありますよ。微笑ましい。
「ライチって、こんなにイカツイ見た目なのに中身がつるんと甘酸っぱいなんて、ギャップがすごいですよね。」
「そうそう!ぷるぷるなのに案外大きな種があって。この種がまた、アーモンドチョコにそっくりなのに食べられなくて、ちょっと悔しいです。」
「見た目に騙されちゃいますね。僕がよく言われる『可愛い顔して腹黒』っていうのに似てません?」
…ハル君、腹黒なんですか?お仲間でしたか。
「僕も相当腹黒いですよ。でも、悪人には見えない顔なのでしょうね、やたらと道案内やら、お使いやら、頼まれやすいんです。今回の異動にしても、僕が会社の事をどう捉えているか知ったら絶対頼まないでしょう。」
「ホントはそうでもないのに、見た目で優しい人だと思い込まれるのは辛いって、悩んでいた人を知ってますよ。」
厨房からカウンター席に移っていたシェフ(背の高い方)が、言葉を挟んで、ギャルソンさんにライチの器を手渡し、気付かない程度に口角を上げた。ギャルソンさんは器を受け取りながら、
「自分がどうこう思う前に先方から言い寄られ続けて、ゲンナリした人もいたよな。」と切り返し、ニヤリとした。
…この店で働く人達は、みんなキラキラしている。一人ひとりが、この空気感を作り出すことを楽しんでいる。素敵な仕事をしているなあ。
「仙道さんが会社を嫌う理由を伺って、も…?」
「…!!」
しまった!喋り過ぎた。目線を外し、口元はニッコリ微笑んでライチの皮を剥くことにする。えいっ!えいっ!(機密事項を含むので又別の機会に。)
ハル君は深追いすることなく話を変えてくれた。
「見た目と中身にギャップがあっても、上手いこと隠し通すことが出来たから、仙道さんは広報向きだと思われちゃったんでしょうね。外見重視で。
『適材適所』と『適所適材』の違いってやつですね。
『適所適材』は、広辞苑に載っていないそうです。企業ではよく使われるのに。」
「適材適所」は人(人材)が先にあり、その人を適する場所(能力を発揮できる場所)に配置するという考え方。
これに対して「適所適材」は場所(職務)が先にあり、それに合う人材を配置するという考え方。
「仙道さんはSEといっても、入力作業だけではない方です。だって、そのシステムを使う人の事を考えているではないですか。使い勝手の良いように工夫なさっていたのでしょう?仙道さんは人間が好きだ、と、人事を決める人にも伝わっていての起用だと思います。」
ありがとうハル君。…確かに誰かと接することは好きです。役に立てたら素直に嬉しいし、多少の無理ならしても構わないと思います。実際今回初めて1人で旅してみて、ラクだし楽しいけれど、やっぱり寂しいと思いました。きっと僕は1人より、誰かと居て、その役に立ちたいのです。胸を張って薦められる物を、堂々と薦めたいのです。
大手だから、というだけでロクに内容を調べずに入社を決めた大学時代の僕に文句を言いたい。CMのイメージに流されるな、と。外見だけではわからない事はたくさん潜んでいるぞと。
友人に相談すると、こんな良い会社に入ったのに、辞めるなんてもったいない!と皆一様に叱るので、つい流されて籍を置いている。けれども、温和な顔をしながら過ごしている僕の中身は、かなりの真黒だ。大きそうに見える分、芯にある黒い物体も大きい。
甘く香りの良い生のライチの、その種は黒いながらもつやつやピカピカ。捨ててしまうのには惜しい存在感を放っている。
「これ…蒔いてみようかなあ。」
トアさんとハルさんがニコニコと頷く。
「条件が揃えば育ちますよ。まあ、南国の植物ですから、北海道では難しいですがね。」
「それこそ『適材適所』で、もっと適した場所を探してみるのも一つの方法かも知れませんよ。」
「東京…関東なら、冬も越すでしょうね。実らせるのは無理でしょうけれど。もっとも南国でもゴジラは実らせられないのですけれども。それをいつ翔に教えるかが悩みどころです。夢を壊しちゃいけないですし、ねぇ。」
ゴジラは無理でも、実は成らせられるかもしれませんよ?マンゴーを育てられるくらいだから、北海道でも、きっと。
僕と同世代の男たちが、こんなイキイキとした表情で働いている。今まで関わって来た取引先に、こんな所は無かった。
大人になったら、大企業でスーツを着て働く!と、凝り固まったビジョンしか持てなかった自分がちっぽけなものに思える。会社の規模がどんなでも、正しい場所にいる人は、こんなにも伸びやかだ。
適材適所。
自分という素材が生かせる場所へ、動かすのは自分自身。
思いつきで訪れたこの街で、大きな転機を得た。出逢いって、凄い。
話に夢中ですっかり機を逸してしまったランチの代金を支払い、レジ横に置いてあるショップカードを貰って通りへ出た。
同年代の彼等がここで頑張っていると思うだけで、なんとも心強い味方を得たような思いだ。オリーブグリーンのシンプルなロゴのこのカードを見る度に、今日の事を思い出すだろう。
昼過ぎに見かけた、SABURO帰りの女性たちのように、温かな表情。帰る足取りは軽くなっていた。
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