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黒き眠り姫を起こすのは(恋愛初心者×健気)
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「あの……お時間があれば、お花見しませんか?」
「突然どうした? 花見だと……悪くはないが、桜はどうする? 私でもそれだけは持っていないのだが……」
金のような銀の髪を紫のリボンで一つに縛った、この箱庭世界で最も高貴な男である──生と死の管理者ランゼルトは、紫の襟が目立つ黒のロングコートを身に纏いながら、目の前に居る獣の耳のようなくせ毛がとても愛らしい、黒の髪を肩まで伸ばした蒼目の、女のようで男みたいな姿を持つ、アキツシマにそう答えれば。
深緑の着物を身に纏ったアキツシマは、おだやかな笑みを浮かべて。
「ご安心くださいませ、ランゼルト様……。桜のことについてはご心配なさらずに、このアキツシマが……その、ご用意させていただきましたので」
「はぁっ……えっ……用意しただと? 芸術を管理するお前が…!?」
「はい、させていただきました。一応その……私、美しいものも管理する存在でもありますので」
「……そうか、なるほど。納得した、流石僕のアキツシマだな。僕の管理する分野でもあるのに、出来てしまうなんて……。ほんと、凄いな大好きだよ」
ランゼルトは気難しい表情から、デレデレと甘えた表情へ、一気に変えながら。
職務室の中央に居るアキツシマの手をとって、指先に甘い口づけを一つ落とせば。 アキツシマは一瞬、驚いた表情を見せ。
「……もう、ラーニャったら。甘えたがり屋さんなんですから」と『仕方がない人ですね……』と言うかのような態度で、何事もないように優しく微笑むので。
ランゼルトはそんな態度に、ムッとした反応を見せて……。
「甘えたがりでも、良いだろう……。お前以外にはしないのだから」
「あははは、そうですね……私だけですよね。ほんと……嬉しく思います。だから、私と一緒に来て? ラーニャが大好きなお酒を、持っていくから」
「嗚呼……そうだな、行こうか。他の管理者達が来て、二人だけの時間を奪われる前に……。この私を案内してくれ」
ランゼルトはアキツシマに、そう命令するかのように言い放つので。
管理者であり、彼を護衛する為に創られたアキツシマは……。
「仰せのままに、この私がご案内いたしましょう」と、絶対的な主人に従うモノとして、その命令に答えながら。
──この世界で最も大好きで、誰よりも愛している……。
最愛のご主人様でもある、ランゼルトを。
Administratorという文字が刻まれた、黒に金の植物的文様が入った扉の前へ、連れて行ってから……。
その扉を、ゆっくりと開いて。
「どうですか? これが私が咲かせた桜です……」と言いながら、飛び込むような勢いで、その中に入って行くと。
「おいおい、そう焦らなくても……。もっとゆっくりでも……って、なんだこれは!?こんな美しい花など、見たこともない」と、
ランゼルトは驚いた声で大きく言い放ちながら、淡いピンク色に染まる美しい桜の木の下へ。無邪気な子供のような歩みで、一目散にかけて行くので……。
「良かった、あの子達と一緒に、頑張った甲斐がありました」と、
アキツシマはとても喜んだ顔を見せながら、穏やかな声でそう答えてから……。
──桜の木の枝に隠れていたメンダコのようで、メンダコとは違う、自身とよく似た黒い髪の毛のような模様がある、青い眼の『アキダコ達』を手招きするので。
「お前たちも、手伝ったのか? いやはや本当に、お前たちも良い子で、可愛いな」
「当然です!! アキダコちゃん達は、私の眷属なんですもの。小さくて愛らしい見た目ですが、何でもできちゃいますよ。嗚呼でも、戦う方向は無理ですが……」
「いや、そこは別に求めてはいない。こんな可愛いらしい見た目の生き物が、襲ってきたら……。人間によっては、トラウマになるから」
「ですよね、確実になると思います……ってそんな事よりも。こちらにお座りくださいませランゼルト様、貴方様の為にご用意したお酒とお食事が。役目を果たしたアキダコちゃん達に、全部食べられちゃいますよ」と、アキツシマは『早くしないと、無くなっちゃいますよ』という感じのニュアンスで言いながら、ランゼルトを市松模様の敷物が敷かれて居る場所へ、座らせてから……。
──煌びやかな装飾で彩られた重箱の蓋をとって、その中身を彼に見せると。
「……これって、もしかして? 僕が食べてみたいって、言ってたやつじゃないか」
箱の中身を見たランゼルトはそう嬉しげに言いながら、箱の中に入っている卵焼きと、漬物と、おにぎりを、まじまじと見つめて、嬉しげに目を細めるので……。
「はい、そうですよ。ランゼルト様が、いつかは食べてみたい。おにぎりと卵焼きとはどういう味なのか……。嗚呼でも、漬物も気になる……と、仰っていたので。今回頑張って、作らせて頂きました!! ですが、その……お口に合えば良いのですが」
アキツシマは少し不安気にそう答えながらも、箱の中からおにぎりと、卵焼きと、漬物を取り出して、重箱の側に置いてある小皿へ、綺麗に盛り付けてから……。
──ふよふよと、自分の周りに浮いているアキダコ達に。
「アキダコちゃん達、純米酒を持ってきてください。あと盃も忘れずにですよ」と、
優しく命令し。
その光景をずっと見つめていたランゼルトに、愛情を込めて作ったその二つを、
手渡せば……。
「ありがとう、アキツシマ。そして、アキダコ達も有難う」
「いえいえ、滅相もありません」
「お前こんな時まで……そういう態度しなくても、良いのだが? まあそれが、お前なのだから仕方なしか。つまらない事を言ったな……」
ランゼルトはブツブツと文句を言うように呟きながら、受け取ったばかりの皿から、おにぎりを一つ右手で掴んで。
──パクリと口に入れるのではなく、小さくちぎってから、口に入れるスタイルで食すので……。
「ランゼルト様、パンみたいに食べなくても、良いのですよ?」
「そうなのか!? では次のは、パクッとかじるスタイルで頂こう。あと、このお酒もキリッとして美味いな。やはり、アキツシマの管理する地のお酒は、どれも美味しい」
「ちょっとランゼルト様ったら、そんなお世辞言わないでくださいよ。ですが、ありがとうございます……。ランゼルト様の為に、造ったお酒なので……。本当に嬉しくて、心が踊ります」
にこやかな笑みを浮かべつつも、どこか恥じらうように口元に手をあてて、アキツシマはそう答えるので。
ランゼルトはそんな愛らしい仕草に、ドキッとしてしまい。
最愛の双子の弟─セレンゼルにかけられた、何度生まれ変わろうとも続く……。
『愛の呪い』の影響で、思わず。
「アキたんっ、きゃわいすぎる……。僕、君をペロペロしたい」と、人格が崩壊したレベルのデレっとした表情を見せながら、隣に座っているアキツシマを……。
──ギュッと強く抱きしめて、そのまま勢いに任せて地面に押し倒してしまうので。
「ちょっと!! いきなり、それはダメですよ!!」と、アキツシマはそう怒れば。
「ダメなの? 本当に……駄目なのか?」
「……駄目では、ないですよ。ですが……」
「なら良い、ですがも……いらないから。このまま、ギュッと抱きしめさせて」
突然の事に驚くアキツシマに、ランゼルトは絶対にいいえとは言わさないような口調で、言い放つので。
「分かりました。このままアキを離さないでくださいよ? 例えどんな事があろうとも、そして、何度生まれ変わろうとも……。この桜の下で、お花見しましょうね」
「嗚呼、約束しよう。僕がどんな状態になろうとも……。必ず、連れて行くさ」
「絶対にですよ!! 絶対にですからね? 例え、どんな事があっても……。いえ、私が私ではないモノになってしまっても……。桜の話をしたら、必ずこの場所に連れて来てくださいね」
「嗚呼、絶対に守るよ。例えアキツシマが……アキツシマじゃなくても、僕は『この星の生命を、管理してる者』だから。どんな姿でも間違えないし、必ず連れて来れるから……。だから、キスしていい?」
ランゼルトは『そう心配する事なんて、ないぞ』と、言うかのような声音で答えながら、アキツシマにキスをしようとするので……。
「したければどうぞ、ですが本当に、絶対に守ってくださいよ。もう嫌なんです、幼い私との思い出を……。ランゼルト様に、忘れられた身としては。怖くて、不安なんですよ……。だから、何度も……お願いしてしまいます。ごめんなさい、これだけはお許しを……」
「アキ、謝らなくていい……。これも全て、あの人のせいだから……。気にするな」
「わかって、おります……でも……」
今にでも泣き出しそうなアキツシマに、ランゼルトは優しく宥めるかのような。 ──甘い口づけを、数回繰り返して『心配しなくても良い』と言葉ではなく態度で、そう彼に示すので。
「ラーニャ……っ……うん、もうわかりましたよ。本当に……」
「分かればいい、不安に思う事などないぞ。それに、こんなに見事な桜の前で、お前がポロポロと泣き出したら、駄目だろ? だから、笑ってくれないか」
「えっ……あっ……そうですね。私とした事が、過ぎ去った過去に囚われて、弱気になってしまいました……。ですが、今から元気もりもり、ご飯もぱくぱくです」と、
アキツシマは強く言いながら、ぎゅっと抱きしめているランゼルトを、振り解いて立ち上がり……。
──こう、アキダコ達に話しかける。
「アキダコちゃん達、少しだけ力を貸して? みんなで、素敵な贈り物を贈りましょう」
「おいおい、別に……。そんな事などしてくれなくても、いいのだが……」
「それでも、受け取ってくださいませ。じゃないと、嫌いになってしまいますよ?」
アキツシマは小悪魔的な笑みを浮かべてそう言いながら、一気に上空まで、飛び上がり……。
──天女のような舞を踊るように、くるりくるりと優美に踊り出せば……。
彼の眷属であるアキダコ達もそれに続いて、アキツシマの側で可愛く、踊り始めるので……。
それを見たランゼルトは、思わず。
「こんな……美しくて、素晴らしい舞を見たのは、初めてだ……。本当に凄すぎる」と、
『この世界で、最も美しくて芸術的なもの』を、この目で見た熱狂的なファンのように、大きな声を出して、楽し気に呟くので……。
「当然です、私はこの星の『芸術芸能を、管理している者』なんですから!!」
「そうだな……まさに、お前だから出来る技だな……。嗚呼本当に、こんなにも桜の見え方が変わるとは、すごく良い経験だよ……。有難う」と、
ランゼルトは幸せに満ち溢れた声音で、言いながら。
──この舞へのお礼として、生涯で一番の笑顔を、アキツシマ達へ贈ると……。
それを受け取ったアキツシマは、わぁっと歓喜の声をあげて。
──この嬉しさを、感情の赴くままに。
「鏡の男がみた夢は愛の夢、眠り姫を起こすのは、気高き死をもたらす騎士……。嗚呼、なんて幸福な物語。でもそれは、人にとっては不幸な物語。悲しい悲しい二人、呪われた愛の悪夢。幸福と不幸の上で、私は貴方を忘れても、私は貴方の元へと向かうでしょう。たとえこの右手を失っても、私は貴方の手をとって。果たせなかった想いを叶えましょう」と、アキツシマはそう『私であった、私たちの希望と絶望』を全てごちゃ混ぜにした本音を、即興で考えたメロディーに乗せて歌うので……。
「すごく、お前らしい歌だ。きっと、テスカトル様もお喜びになるだろう……。いや、すまない、今のは余計な言葉だったな。お前は、雪白ではなくアキツシマ。そう、僕だけのアキツシマなんだから」
「はい、私はアキツシマです。テスカトル様を魅了して、地球を滅ぼした最も罪深き悪、魔性の雪白ではありません……。貴方様がそうでないように、私は私……」と、
アキツシマは強く断言するように答えながら、ランゼルトのすぐ側に。
──蝶のように、静かに舞い降りてから……。
幼児のような仕草で、勢いよく彼の胸に飛び込み。
今度は、声にならない声をあげて……。
「私、ラーニャに逢えて本当に、本当に幸せです。嬉しくて、嬉しくて……。こんなに幸せになれて、よ、良かったです。だって私、私じゃない私たちの苦しみも、絶望も希望も……。私が人ではないから、ときより観測えてしまうからこそ……。こうやって、貴方のお側に居られるだけでも。この上もない程の幸せです」と言うので。
「アキツシマ……僕も、お前と一緒に入れて幸せだよ。嗚呼、僕も泣きそうだ」
そうランゼルトは震えた声で言いながら、嬉し泣きをするアキツシマの髪を、数回優しく撫でてから……。
両目で色が違う瞳から、一筋の涙を流し。
桜の花びらが舞うこの風景を『私が私ではなくなっても、決して忘れない』と、心の中で誓いながら……。
この世界で誰よりも心優しくて、誰よりも愛おしいアキツシマを、持ち上げるように、抱きかかえて。
自分より高い位置にある唇に、永遠に変わらない愛を、約束するように……。
──慈しむかのような甘いキスを、眠り姫を起こす王子様のように捧げた。
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