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episode.31 新しい契約
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〜恋side〜
「でも……?」
「俺が17歳になったばかりの頃、明希が自分から話してくれたんです。あの日に何があったか、どうしてあんなことになったのか。」
「ほんならその時に明希ちゃんがゲイだって知ったんか。」
「そうです。その時に俺も、AV男優やってること話しました。それから、明希がもう一つ、教えてくれたことがあるんです。」
「それとは別にってこと?」
「はい。今思えば、そのことが、明希を追い詰めていて、傑に付け込まれる原因になっていたのだと思います。それにあの頃明希の表情が曇るようになったのも……おそらくそれが原因ですし、今日、明希の様子がおかしかったっていうのの、最初の方はそれが原因です。」
「UHグループ……のことなん?」
「はい。UHグループの社長の名前……ご存知ないですか?」
「知らない……」
木之本の口調が徐々に標準語に戻ってきた。
どうやら怒りが収まってきたようだ。
「……上原明利(うえはらあきとし)!」
赤津がハッとして声をあげる。
「え、じゃあまさか……」
「はい。明利さんは、明希の実のお父さんです。」
「え……それじゃあ明希くんは社長の息子だったのか?」
「はい。でも明希の母親、希世(きよ)さんは明希が2歳の時に亡くなっています。」
「そうだったんだ……」
「小学校卒業までは、明利さんと二人暮らしだったそうです。でも、明希が中学に入ってから、明利さんが今の奥さん……菜々子(ななこ)さんと再婚しました。それから、徐々に明希の居場所がなくなってしまったみたいなんです。」
「明希くんの親父さんは、明希くんがゲイって知ってたのか?」
赤津の言葉に恋は頷く。
「それを知られて、明利さんから距離を置かれたと言っていました。それで、ちょうど、傑が明希に好きだといった頃、菜々子さんの妊娠がわかったんです。」
「それでますます居場所のなくなった明希くんが、その傑とかいうやつに頼るしかなくなったと。」
「はい……俺が、もっと問いただすべきだったんです。でも俺はそうしなかった。それが、あんなことを招いてしまったのかもしれない。」
恋は俯いた。
「でも、この話は、17歳のあの時以来していません。この事件のせいで明希は暗闇が苦手ですが、それ以外は普通です。男性とのセックスが嫌になったわけでもないし、普通に付き合ったりしています。それに、なにより、明希が、カミングアウトしてくれた時に言ってたんです。」
恋はぎゅっと手を握り締める。
「もう忘れたい。愛は、忘れたいって。」
親が少しの間くれた愛も、傑の偽物の愛も、明希には辛い記憶でしかなかったのだ。
「それから、明希が自分から誰かと付き合ったり、誰かに告白したりしたところは見たことがありませんし、聞いたこともありません。来るもの拒まず、去る者追わずの恋愛をしているみたいです。」
「……その話もっと早く聞きたかった。俺ひどいことしちゃったかも。」
木之本は複雑な顔をした。
「泊まりに行った時のことですか?それなら明希はあまり気にしていません。正直、ここまで明希の拒否症状が出たのは、初めてです。事件当時ですら、木之本さんの言ったような症状が出たことはありません。」
「傑ってやつとは、事件の後会ってたのか?」
赤津がそう言ってくる。
「いえ、傑や他の男5人はクラスが違いましたから。うちの中学は8クラスあって、クラスが違うと本当に会わないんです。まあ、明希が自分から避けてたって可能性もありますが。」
「じゃあまあ、今回のことは傑ってやつのせいだと思っていいな。」
「明希ちゃんにとって、助けを求められるのって恋くんしかないんだね。それに……ずっと恋くんのこと心配してた。」
「心配、ですか?」
「恋くん雷ダメなんだって?明希ちゃんが、怖かったんだろうね、めちゃめちゃ震えながら、でも、恋くんのとこに行かなきゃって聞かなかった。」
「明希が……」
恋が雷がダメなのは、これもトラウマだ。
両親が事故にあった日は大雨だった。雷が鳴っていた。恋も同じ車に乗っていた。
恋だけが、助かった。母親が、恋をかばったからだ。明希はそのことを知っている。
でも恋は、取り乱すほど雷が怖いわけではない。いや、怖い。だが慣れている。感情を押し殺すことに慣れている。
明希が、自分のことよりも心配してくれたことに、恋は胸を痛めた。
「会って2ヶ月しか経ってないけど、わかったことがある。君らはもっと、人に頼るべき。」
木之本の思ってもみない言葉に、恋は目を見開く。
「契約でも、琉は恋くんの恋人だろ?少しくらい、頼ってみるのもいいと思う。」
赤津の方を見ると赤津は微笑んでいた。
「……それと、2人にお願いがある。」
木之本は真剣な表情で、恋と赤津を見つめる。
「俺は、本気で、明希ちゃんと向き合いたい。好きとかどうとか、正直わかんない。明希ちゃんのこと、好きかとかわかんない。でも、向き合いたいって思った。2人にも、手伝って欲しい。やっぱり明希ちゃんには恋くんが必要だと思うし、俺1人でどうにかできるほど小さな傷じゃないと思う。」
木之本は本気だ。恋はそう思った。
「恋くんが、やめろっていうならやめる。でも俺は、明希ちゃんの全部を……包んであげたい。」
そういった木之本の顔は、とても優しかった。
「どうするつもりなんですか。」
「……契約。君たちとは違う形で。お金もなし、条件もなし。ただ、俺が、明希ちゃんの彼氏でいる。明希ちゃんが俺を好きになってくれなくて構わないし、セックスとかキスとかをするつもりもない。明希ちゃんが、自分から俺に何か話してくれるようになるまで……そばにいたい。」
「明希がそれを望むなら、俺は止めません。」
「俺もできることは協力する。」
「ありがと。」
この時の木之本の笑顔の意味が恋にはわからなかった。
木之本には全く見返りがない。むしろ明希から拒絶される可能性だってある。木之本が明希のそばにいたいというのは一体なぜなのか。
恋はわからなかった。もうずいぶん昔に失ってしまった"無償の愛"を知らない恋には。
でも確かに、恋は少しずつ、変化していた。
自分でも気づかないうちに。
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