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episode.153 ウサギの手のひら
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〜恋side〜
7月7日 朝
「空港まで行けずにすみません。」
「いいよ、気にすんな。」
「短い間だったけどお世話になりました。」
「いえ、向こうでも頑張ってください。」
玄関先でスーツケースを持った赤津と小雪と、恋は話をする。
恋は用事があり、どうしても空港にはいけない、と言ってあった。
そんなのは嘘だ。
今日は、明希から言われて仕事も入れずに空けてある。
だから用事など何もない。
それでも、赤津と長くいたら、引き止めてしまいそうで、恋は空港には行く気になれなかった。
「じゃあ、そろそろ行く。」
出発は夕方の便らしいが、早めに空港に着きたいらしい。
「はい。今までありがとうございました。契約終了ですね。」
改めて口に出すと、赤津とのつながりはもうなくなったんだということを思い知らされ、恋は涙を流さないように必死だった。
「あぁ。こちらこそありがとな。」
赤津はいつもと変わらない調子で、恋の頭を撫でてきた。
最後だから。
そう思って、赤津の大きな手を、その温かさを、心地よさを感じる。
(さよなら……)
恋は心の中でそう呟き、笑顔を作って見せた。
「それじゃ、頑張ってください。」
「おう。じゃあな。」
赤津と小雪が家を出て行く。
シン、と静まり返った家の中。
ずっとこうだった。
両親が死んでから、1人だった。
もう慣れている。
そう思っていた。
「うっ……ふぅっ、っう、うぅっ……」
だが、1人になると、涙が溢れて止まらなかった。
今すぐにでも引き止めたい衝動を抑え、部屋に入る。
スマホをチラッと開くと、明希と千秋からお誕生日おめでとうというLINEが届いていた。
「今までで……1番酷い誕生日……」
恋はそう呟き、ダブルベットに身を投げると、そばにあったウサギを抱きしめた。
いつの間にか眠りに落ち、恋は夢を見た。
赤津と出会い、旅行に行き、初めて体を重ね、明希と翔也のことがあり、キスマークに嫉妬され、様々なことがあった。
その結果、自分はいつの間にか赤津に惹かれ、赤津の誕生日の日に、告白を決意したこと。
そして、告白をするつもりだったあの日
自分は事故にあった。
「っはっ!!!はぁっ……はぁっ……」
恋はそこまで見て飛び起きた。
(俺は、ずっと……ずっと、赤津さんに、好きって……)
あの日言いたかった言葉は
自分が今まさに、諦めた言葉。
恋は、今更、今更記憶が戻ってももう遅い、と自分を責めた。
なんでもっと早く。
そう思った。
そして胸に抱いていたウサギをぎゅっと抱きしめた時
恋はウサギの左の手のひらを押してしまった。
"「あー、あー、マイクテスト……マイクテスト……」"
すると突然、赤津の声が流れてきて、恋は驚いた。
と同時にあることを思い出した。
このウサギをもらった時に、赤津が言っていたことだ。
"それ録音機能付いててさ、まあ使うこともないだろうけど、右の手のひら押して録音、左の手のひら押して再生なんだってさ。"
ということは、これは何か録音がされている。
"「えーと、聞こえてるのかな?まあ、聞こえてなかったらなかったでそれで。えーと、今日は7月6日で、これを、恋が7月7日に聞いてくれてると思って話すな。」"
聞き慣れた赤津の声。
恋は驚き、ウサギを見つめることしかできなかった。
"「恋、お誕生日おめでとう。去年は恋に向かって吐いてしまって、しかも今年は直接祝ってないっていう、本当に最低な話だが許してほしい。」"
恋はじっと耳を傾ける。
"「恋と出会って、今日で1年。いろんなことがあって、恋は覚えてないかもしれないけど、本当にいろんなことがあった。俺は、恋と出会えて楽しかったし、恋と過ごせて良かった。」"
あぁ、どうして。
諦めたはずなのに。
恋は追っていきたい衝動にかられた。
"「今から、とても大事な話をします。こんな録音でそれを伝える俺は卑怯だと思う。でも、お前に面と向かって話す自信はなくて、それに、お前がこれを聞いてくれる保証もない。だから、これを聞いてくれているんだとしたら、少しくらい俺にも望みがあるんだっていうことだと、俺は思う。」"
恋の胸はドクンドクンと鳴り、心臓がはちきれそうだった。
"「恋、俺はお前のことが……」"
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