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〜千秋side〜
久しぶりに、昔のことを思い出したと思う。
少しだけ、胸が苦しくなった。
「最初は、ただの事故だと思ってた。でも、違ったんだ。灯油がばらまかれてて、放火されたんだって、警察の人が話してるのを聞いた。」
松宮の家と全く同じ。
父親が火だるまになっていたあの光景は、どんなに忘れようと思っても忘れられない。
背中の傷が、それを忘れさせてくれない。
紘は気にしないでいてくれているけど、千秋は背中の傷が嫌だった。
赤黒く残った火傷の痕は、忌々しい過去の象徴であり、一生消えることのない心の傷と同意だった。
「僕も、学校に行ってなかったら死んでたかも。」
楓に、何も言えなかった。
「火事って、怖いんだよ。死体がね、誰なのかもわからない。かろうじて妹が、小さかったからわかっただけ。顔も体も、真っ黒なんだ。」
それは千秋にも、よくわかることだった。
目を瞑れば、あの日の光景が今でも目に浮かぶ気がする。
未だに大きな火を見るのは苦手だし、事件直後はライターやコンロの火さえ怖かった。
今でも時々、コンロの火を見て恐怖に襲われる時がある。
そのくらい、火事の記憶は鮮明に残っていた。
「事故なら、悲しいけど、仕方がないと思えた。事故はいつ、誰に起こるかわからないから。」
楓の目が、冷たいものに変わる。
「でも放火なら、話は別。僕は烏沢を許さない。なんで今ものうのうと生きて、捕まりもせずに会社を経営しているやつがいるのか、僕には理解できない。」
ヒュッ、と喉が変な音を立てた。
「今の烏沢グループの代表取締役は、捕まった烏沢俊蔵の息子なんだって。父親の悪事を暴いて、逮捕まで持っていったのは確かにその人のおかげだけど、僕は息子も同罪だと思う。」
紘がどれほど苦しんだか、千秋は知っている。
俊蔵の悪事が明らかになるたびに、紘は胸を痛めていた。
殺された人が明らかになるたびに、遺族のことを思って、夜、1人で泣いていた。
俊蔵の失脚までのあの期間、紘はたくさん傷ついた。
もっと早くに止めるべきだったと、何度も言っていた。
恋の事故の時、嘘をつくべきではなかった、と。
その紘に、俊蔵と同罪だ、なんて、千秋は言えなかった。
でも楓は、事情を知らない。
ただただ、烏沢家が憎くて、憎くて、どうしようもないくらい嫌いなのだ。
まるで烏沢家に入った頃の自分のようだと、そう思った。
「僕は絶対に、烏沢に復讐する。」
そう言う楓は、本気だった。
「千秋にこんな話聞かせてごめんね…でも…なんか、千秋には話しておきたいって、そう思ったんだ。」
楓はきっと、千秋を信用してくれているのだろう。
「あとね、これはただの偶然だと思うんだけど、僕と同じように、家族を烏沢に殺されて、1人生き残った子がいるって聞いた。その子も、名前が千秋なんだって。だから僕、千秋と会えたのは運命だと思う。」
ふわりと笑う楓に胸が締め付けられる。
運命とは、残酷だ。
千秋が烏沢の養子だったことを知っても、楓は友達でいてくれるだろうか。
数々の悪事を知っていながら、あの時まで何もできずにいたことを知っても、楓は自分を憎みはしないだろうか。
もし、自分の過去を知ったら、楓はどう思うだろうか。
楓の知っている千秋と、同一人物だとわかったら。
自分の恋人が紘でも、楓は変わらずに笑顔を向けてくれるだろうか。
ぐるぐると渦巻く感情に、心が重たくなっていく。
「千秋?大丈夫?顔色悪いよ…」
心配そうに顔を覗き込まれ、ハッとした。
「ごめん、僕が変な話しちゃったから…」
「ううん!ちょっとぼーっとしちゃっただけ…大丈夫だよ。話してくれてありがとう。」
千秋は精一杯笑顔を作る。
本心を隠すことは、得意だった。
「こちらこそ聞いてくれてありがとう…こんな僕でも、友達やめないでくれる?」
切ない表情の楓が、そう言う。
「うん。もちろんだよ。」
楓の気持ちはよくわかる。
でも、紘の辛さも知っている。
だからこそ苦しい。辛い。
「よかったぁ!」
微笑む楓に、千秋も微笑み返す。
だが、胸は苦しくてたまらない。
(ねえ…楓…僕の過去を知っても、僕の友達でいてくれる…?僕の恋人を知っても…?)
渦巻く思いは、言葉にすることはできなかった。
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