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桜の季節に
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「匠さん、なぜ札幌なのですか」
「桜に決まってるだろ、蓮」
「えっ?」
今日の田上さんはすこぶる機嫌がいい。声のトーンで解る。そして、あの店も予約してあると朝早くにマンションから引きずり出された。
「あの店って」
まあ、札幌であの店と言われれば思いつく場所は一箇所しかないのだけれど。
事の発端は、三月末の田上さんの海外出張だった。
今年の桜は二人でと約束していた。けれど、もうすぐに桜が咲くだろうと言う時に十日間、田上さんに海外出張が入った。
まさか桜が見たいなどと言う理由で仕事を投げ出すほど子供ではない。
子供ではないが・・・。
二人きりの時は変にこだわりを見せる子供のようなところがある。
ぎりぎり散り始めの桜には間に合うよ。出張から帰って来たその足で桜見に行こう。だからいい子で待っているんだよと出かけていった。
そして田上さんの帰って来たその週末は春の嵐。
日曜日の朝までには満開だった桜は雨にうたれ、風に吹かれ、ほぼ散ってしまっていた。
「匠さん、来年はきっと」
そう約束したはずだった。はずだったけれど。
「蓮、ゴールデンウィークのチケット取ったよ」
嬉嬉として告げられたのは四月の中旬。どこへいつ行くとも言われていなかった。
そして昨日の夜、艶事の痕が残る俺の身体を抱きかかえ、バスタブへ運んでくれた。
動くのも気だるい状態だったので田上さんに身体を預けてお湯の浮力を借りて、体をたゆらせウトウトとし始めた時。
「さて・・・明日の飛行機の時間確認しないと」
ぼそっと呟いた田上さんのその言葉に一瞬にして目が覚めた。
「飛行機?どこかへ行くのですか?」
「ん?北海道」
また田上さんが出張なのかと思っていた。けれど、今朝早くに起こされて服を着せられ、いつの間にかきちんと準備されたいた鞄と一緒にタクシーに押し込められた。
その二時間後の今、二人で北の大地に立つ事になった。
「桜って・・・」
確かに春先に二人で見ようと約束はした。約束はしたが、ここまでこだわるのはどうなのかと相変わらずの行動に呆れる。
「まずはお前のお気に入りの店で食事だ」
「お気に入りって、匠さんもですよね?」
「同じものを同じように美味しいと言える事が幸せな事なんだと思うよ」
屈託なく楽しそうに笑う。ああ、今日は本当に上機嫌なのだと、良くわかる。
「はい」
田上さんが突然手を差し出した、その手に戸惑う。
「え・・・」
「ここでは誰も俺達のことは知らないよ」
それはそうだけれど。
・・・けれども大の大人が手を繋いで歩くものなのかと胃の裏がむず痒くなる。
躊躇しているとぐいと手を捕まれた。そして二人並んで、懐かしい町並みを歩くことになった。
「さすがに今日は普通の革靴でも歩けますね」
「だな」
「あの時は驚きました」
「まあ、お前が他の男の腕の中にいるのはどういう状況でも心地よくはないと知った日だったな」
「他の男の腕の中って・・・助けてくれた飯塚さんと武本さんに失礼ですよ」
「・・・名前まできちんと覚えていると、余計に複雑だな」
その田上さんの表情が子供っぽくて、おかしくなる。人の名前を覚えるのは営業としての基本だと教えてくれたのは田上さんなのに・・・。
・・・・・あれ?
いつ教えてもらったんだろう。田上さんが言うように一緒に働いていたんだと、どこかで思う時がある。霞がかって思い出せない過去の断片がきらりと落ちてくる時がある。
つながらない時間も、記憶もこの手を離さない限りきっと大丈夫なのだと伝わってくる暖かさが教えてくれている。
「蓮、あそこだな」
「着きましたね、匠さん」
視線の先には、SABUROと掲げられた店があった。
懐かしくて暖かい場所、新しい記憶の中の二人だけの隠れ家。
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せいさんの桜のツイートを見た時に途中まで書いて、仕事に忙殺されそのままになっておりましsた。
もう北海道の桜も終わったこの時期ですが、少し時間が出来たので仕上げさせていただきました。
わらび
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