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2.渡良瀬塾6
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「安藤さん、僕の自信作を見てください!」
放課後、渡良瀬が妙に得意げに見せびらかしてきたのは、一枚の紙切れだった。
「何それ」
「僕の自作のプリントです。長い文章が苦手な安藤さんもこれでネットワークAは完璧ですよ! ……たぶん、おそらく」
その紙を受け取って、全体に目を通す。裏表両方に、一問一答式の問題がいくつか書いてあった。問題についている図が妙に凝っていて、この図を描くだけでも相当な時間がかかりそうだ。……この、てっぺんに妙な形の木片がついてる塔とか。授業は聞いてないから思い出せないけど、昔の通信方式でこんな感じの変な塔が使われたやつがあったような気もする。
そのこだわりようから、俺はあることに気がついた。
「お前、昨日何時間寝た」
「0時間くらいでしょうか」
「じゃ、徹夜でこれ作ったのか」
「もちろんです」
渡良瀬はいつになくはっきりと答えた。そんなに誇らしげに言われても困る。
道理で授業中に眠くなるわけだ。確かに勉強を教えろ、進級させろと言ったのは俺のほうだが、ここまで力を入れられると引いてしまう。
「お前アホかよ」
「そうなのかもしれません。……一度振られている身でありながら、想い人の役に立てるのが嬉しくてしょうがないので……」
急にしおらしくなる渡良瀬に、ばつの悪い気分になる。それを誤魔化すために、俺はわざと大きな声を出した。
「あーもう、やるよ! 今日はこのプリント終わらせればいいんだろ!」
俺がペンを握ると、渡良瀬は俯いていた顔を上げた。すっかり機嫌を直したようだ。
くそっ。こうなったらお前が徹夜で作った問題なんか一瞬で終わらせてやる。
そう心に誓ったまでは良かった。実際、最初の数問は馬鹿にしてるんじゃないかと思うくらい簡単だった。
しかし、表面も後半に差し掛かってくると、ペンの動きが断続的になってきた。
しかも俺が問題を解いている間、渡良瀬はずっと俺の顔を見ているのだ。
「……見られてるとやりづれーんだけど」
「僕のプレゼントが安藤さんに気に入っていただけたかどうか気が気でなくて」
確かに、プリントの出来には文句はない。少なくとも、あの糞授業よりはずっと分かりやすい。「プレゼント」って言い方にはめちゃくちゃ引っかかるけど。
「それに……見惚れてしまって……」
少しは褒めてやろうかと思ったのに、渡良瀬の余計な一言でその気が失せた。
「キモいこと言うなよ」
「あっ、すみません……でした……」
妙な言動は慎めと言いたいだけだったのだが、「キモい」という単語に渡良瀬はあからさまに傷ついた顔をして謝罪してきた。
――そういえば、こいつを振ったときもこの単語を使ったっけ。まだ気にしてるのかな。
少しだけ、ほんの少しだけ、罪悪感に胸が痛む。
「お前が変なのはもともとだからいちいちしょげるな。それこそ気色悪いぞ」
それを振り払おうと、一応のフォローを入れてみる。だが本来は渡良瀬の自業自得だ。俺が罪悪感を覚える必要はない。
「わかりました。安藤さんがそう言ってくださるのなら、大丈夫です」
俺の言い分に、渡良瀬は素直に納得していた。なのに、その感情は俺の中で燻っている。
それを心の中で押しつぶして、俺はまたプリントに視線を戻した。
渡良瀬も、俺の顔に視線を戻す。時々眠たそうに眼をこすりながらも、4講時のときのように寝たりはしない。
やりにくいったらありゃしなかった。いつまでこんな状況で勉強しなければならないのだろうか。
たぶん、最後の最後までだな。
くそっ、やっぱりこんなプリント、一瞬で終わらせてやる。
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