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心友
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馬鹿騒ぎして、声が嗄れるまで笑う。
そして、一緒に泣く。
ザァァァァァ…………………………
外は、どしゃ降り。
ある日の早朝、古いアパートで一人暮らしをしている竜也の携帯が、突然鳴り響く。
トゥルルルル……………トゥルル…………ピッ!
「……………っは…………は…………ぃ?」
『………………………也』
昨日の夜も京之介と遅くまで遊んでいた竜也は、布団に潜ったまま、やっと携帯を掴んだ。
…………………………也。
耳をすませてないと、聞き逃しそうな声。
「ん?……………………京か?」
ザァァァァァ…………………………
それがあまりにも小さ過ぎて、ボロ屋根に打ち付ける雨音にかき消される。
いつになく、らしくない電話口の京之介。
竜也は眠い目を擦り、重い身体を起こした。
「どないしたんや…………………何かあったん………」
『………………………が、死んだ』
「え………………………?」
『じいさんが…………………死んだんや』
じいさんが、死んだ。
祖父の死。
それは、孫にとっては一大事。
大事な家族なのだから当然だが、京之介にとっての『じいさん』は、また特別大きな存在だった。
安道家。
「京之介っ!!あなた、また出掛けるの!?」
高級住宅街に一際目立つ、大豪邸。
高い塀に囲まれた広大な敷地に、西洋の美しい景色を彷彿とさせる洋館。
一代でその名を上げた男、石油販売会社社長安道雄吾の邸宅だ。
安道。
そう、今まで触れる事のなかった、京之介の実家となる。
ちなみに、安道雄吾は京之介の祖父であり、父親は副社長、母親は世界的に有名な建築家。
しかも京之介には兄が二人おり、一人は大学院で経営学を学び、一人は医大生。
絵に描いた様なエリート家族で、京之介はあんなに喧嘩ばかりしているが、進学校での成績は常にトップ。
全国模試1位常連。
あ、もしかして、海といい勝負?かもしれない位の頭脳明晰なのだ。
そんな安道家に響き渡る、叫び声。
京之介の母、紗江子だった。
「どうした、そないに大きな声出しよって」
「ああ、お義父様。ちょっと引き止めて下さい、京之介を………………」
玄関で騒ぐ紗江子の前に現れたのは、安道家当主・安道雄吾。
仕立ての良いYシャツにベストを重ね、恰幅ある姿は、まさに豪邸の当主と言うべき姿。
「京之介?京之介が、どないしたんや…………」
そう言って、雄吾が玄関へ目を向けると、バツが悪そうな京之介が既に靴を履いて立っている。
「………………………京之介」
「じいさん……………………」
これから竜也と会おうと思っていた京之介は、雄吾の反応に少し緊張していた。
外では生意気な京之介も、雄吾には弱い。
昔から、怒った祖父は誠に恐かった。
一代で成り上がって来ただけに、根性も据わり、迫力が違う。
そして、悪さばかりしてきた京之介は、雄吾の孫の中でも断トツに叱られて育った。
また怒られる。
それを思うと、ややウンザリした。
「この子、今日もあの竜也と言う子の所へ行く気なんですよ。いい子だとは思いますけど、少し素行が良くないと聞きますし………………あまり付き合い過ぎるのも、京之介に悪影響やないかと思いまして」
「竜也は、ええ奴や!何も問題ないっ!あいつを悪う言うなやっ!」
「ほら、すぐムキになる。そんな所もあの子の影響違うの?」
「あのなァ…………………!」
その上、母親達は竜也を好んではいなかった。
家族もおらず、不良が多くて有名な高校に通う竜也が、京之介を上手く利用している位に思ってる。
まともに会って喋った事もないくせに。
竜也を大切に想う京之介にとって、そこが一番耐えられない。
きっと、祖父も同じ考えだ。
沢山言ってやりたい文句を飲み込み、京之介は苛立ちから拳を思い切り握りしめた。
「それは、京之介の見る目がない言う事か」
一瞬静まり返った玄関に広がる、冷静な口調。
「は………………………」
耳を疑うような言葉に、京之介は驚いて顔を上げた。
「お義父様……………………っ」
「ワシは、京之介の見る目を信じとるけどな。こいつが、たった一人大事にしとる親友を、疑う気にはならん」
「じいさん……………………」
言葉を失う母親が、京之介の視界に入る。
まさかな、援軍。
京之介は、ブルッと気持ちの昂りを覚えた。
「若いうちは、悪さくらいしとる方がええ。以前、遠目に京之介とおる竜也くんを見かけたけど、京之介に負けへんだけの男前やったで。人を惹き付ける、ええ目しとったわ……………………あの子は、大成する。お前は、素晴らしい友を見付けたのォ」
久々に見る、祖父・雄吾の笑顔。
温かく、大きく………………それは太陽の様に、京之介の心へ降り注ぐ。
「大事にせえ……………親友言うんは、一生の財産ぞ」
一生の財産。
近い未来、二人は本当にそうなる。
「…………………………はいっ」
質の悪い17歳。
京之介が、珍しく力強い返事をした。
自分を信じ、竜也を信じてくれた祖父に、感謝が溢れた瞬間だった。
その祖父が、急死した。
バシャバシャバシャ……………………
「はぁはぁ…………………はぁ……………」
外は、いまだどしゃ降り。
竜也はビニール傘片手に、人気の少ない早朝の街中を走り抜ける。
足元は、跳ね返る雨水で、泥だらけ。
もう何キロ走ったか。
それでも、足は止まらなかった。
『竜也……………………俺、あかんわ』
電話の最後、京之介は涙声でそれを言った。
あかんわ。
決して弱音を吐いた事のなかった京之介の、初めての弱音。
脱ぎ捨てていたデニムとTシャツを慌てて手に取り、竜也の身体は電話を切ってから2分後には、アパートを後にしてた。
「っはあ………………はぁ……京っ!!!」
住宅街でも目立つ、大きな屋敷。
立派な門を通り抜け、竜也は力一杯叫んだ。
「竜………………………」
重い木彫りの玄関扉が開けられ、目の前に停められた黒塗りの車に頭を下げる、京之介の両親と暗い顔の京之介。
多分、祖父の遺体が病院からでも帰って来たのだ。
肩を揺らしながら、竜也はにわかに悟る。
この頃には、雄吾のお陰か、安道家の皆は竜也の事を受け入れていた。
と言うのも、実際竜也と話をしてみれば、その人柄に誰もが好感を持った。
「…………………行ってらっしゃい」
竜也を見て目を潤ませる京之介の背中を、母親が優しく押す。
「竜也ぁ……………………っ」
ザァァァァァ………………………
もう、季節は夏。
暑い筈の時期に降る雨にしては、殊の外冷たく思えた。
竜也ぁ…………………っ。
無情な雨に紛れ、友は友を求める。
ビニール傘から流れ落ちる水滴が辺りへ弾け散り、京之介の身体は竜也の胸へと吸い込まれた。
「京………………………」
昨日、遊んだ時と同じ服装。
自分が寝ている間に何があったのか、竜也は感じ取る。
綺麗な京之介の目元に出来た、僅かな隈。
辛い、辛い一夜だったろう。
抱きしめる背中の揺れに、竜也の視界もみるみるぼやけていった。
「急やったんや……………………昨日の夜帰ったら、じいさん調子悪い言うてて………………それで…………」
「うん……………………ん……」
互いに、声も震える。
大好きだった。
唯一、二人を認めてくれた家族。
どんなに恐くても、一番の味方。
いてくれるだけで、良かった。
良かったのに…………………。
「病院に行ったら……………あっという…………間……っ」
「き……………ょ………」
それは汗か雫か、止めどもなく流れ出る。
二人の頬に伝う、人を失う寂しさ。
京之介は言葉に詰まり、それから先は何も言えなくなった。
まだ、64歳。
父親へ会社をいつ譲ろうかと、話をしていた矢先の出来事。
どうする事も出来ない、人間の寿命の儚さよ。
引退後の夢を語る時間も奪い去った。
ザァァァァァ……………………
降りしきる雨の音が、益々強くなる。
太陽の様な雄吾が逝った日。
太陽は、一度も顔を出す事はなかった。
「竜也…………………お前はずっと生き抜いて、ずっと側におれや…………………」
やや落ち着きを取り戻し始めた時、京之介が呟いた。
自分を抱きしめる友へすがる、切なる想い。
これ以上、大切な人を失いたくない。
我が儘と言われても、竜也だけは側から離したくないと思った。
「心配せんでも、俺強いねん…………………お前が、鬱陶しい言う位生きたるわ」
鬱陶しい言う位。
囁く友の言葉に、微かに口元が緩む。
こいつは、変わらねぇ………………。
「アホか……………………鬱陶しいんは、余計じゃ」
見上げた先に、光るもの。
眩しい。
「じいさんの分も、目一杯生きたろうや」
真っ直ぐ自分を見て、力強く言ってのける竜也の眩しさに、京之介の瞳は眩む。
二人共、お互いを映す目は赤い。
でも、何か射し込むものがある。
ああ……………太陽は二つあったわ………………。
京之介は竜也の魅せる輝きに、新たな光を見出だした。
「お前のじいさんやないやろ、ボケ」
親友言うんは、一生の財産ぞ。
あの日、雄吾が言ってくれた一言が脳裏を過る。
じいさん、ホンマに財産やな…………………。
京之介は、この日を境に二度と涙を見せる事は無くなった。
竜也に似合う友でいよう。
それを胸に、身も心も強い男に成長していくのだ。
世界でたった一人。
かけがえのない心友と生き抜く為に。
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