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約束(完)
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それは、絶対に忘れない。
男と男の、約束。
佇まいから、大人。
自分達の前に現れた木瀬を、竜也と京之介は黙って見つめた。
蝉の声が耳につく、夏の日。
二人の悪ガキは、忘れられない時間を過ごす。
心友へ、ヤクザになると告げた少年。
その想いを悩みながらも受け入れた、心友。
それらの複雑な心境を、全て受け止める覚悟のヤクザ。
男同士の気持ちが、本音でぶつかり合う。
「よう来たな、二人共」
木瀬は、笑顔だった。
暑い中でスーツを着込み、立っているだけでもキツいと思うが、そんな素振りは一瞬でも見せない。
いつから待っていてくれたのだろう。
うだるような暑さも、木瀬の涼しげな表情が、竜也達の心にどこか優しい風を吹かす。
「暑かったろ?どっか入って、冷たいものでも飲むか?腹減っとんのやったら、何か食うたらええわ」
「あ………………はぁ…………」
ヤクザ、だよな?
それも、天下の竜童会幹部。
だけど、目の前の男は、強面な姿とは裏腹にとても穏やかで温かい。
竜也も京之介も、その優しさに少し戸惑った。
ヤクザ………………だよな?
そんな二人を見比べ、木瀬は京之介へ目を止める。
「京之介やったか…………………待っとったで」
気持ちのある言葉に聞こえた。
待っとった。
多分、忙しい中を京之介の為に時間を作ったであろう木瀬の心遣い。
たかだか17歳相手に、嫌な顔一つせず、たった一人で待っていてくれた。
一瞬、その粋な気持ちにほだされそうになったが、京之介はグッと唇を噛み締めた。
「………………はぁ?あんたに、呼び捨てにされる覚えはないけど………………俺を呼び捨てにしてええんは、竜也だけや」
「京…………………っ」
負けん気の強さは、人一倍。
相手が誰であろうと、怯みたくはない。
それが、例えヤクザの幹部でも。
実際、京之介は一歩も引かなかった。
「クス…………………ええ根性しとる。叶うなら、お前も一緒にスカウトしたかったわ。二人揃うたら敵ナシやで」
「冗談やろ……………誰がヤクザなんか…………」
そう、誰が。
一生恨んでやる。
自分の大事な竜也を奪った、最悪なヤクザ。
許すか、クソ………………。
こちらへ笑顔を向ける木瀬から顔を逸らし、京之介は見事に突っぱねて見せた。
「お前は、そう言う思うた……………お前が動くんは、俺らの言葉やないてな」
「…………………大きなお世話や」
それは、誰の為か?
木瀬には見えていた。
竜也の側にいる、京之介の想い。
ある意味純粋無垢、天然で切れたらヤバい竜也を、常に支えてきた一途さ。
一目でわかった。
ブレのない、その真っ直ぐな信念は、竜也以外には靡かないものだと。
「お前は、ええ友を持ったな………………嵩原。長い人生、人間の生き方なんぞ人其々やけど、京之介みたいな友が出来るか言うたら、そないな事はない。自分にプラスかどうかも省みず、ただお前の為だけに動いてくれる存在に出会えた事は、一生の宝やで」
「木瀬さん…………………」
自分と目も合わせようとしない京之介を見つめ、木瀬はそれの価値を称える。
嘘はない。
世間は、厳しい。
普通に生きていても、壁にもぶち当たるし、前を向く事だって嫌になる。
無二の親友なんか、言葉では何とでも言えるが、本当に出来るかと言えば、難しいとさえ思う。
でも、こうもまざまざと見せつけられると、世の中捨てたもんじゃないと考えさせられる。
「俺はこの歳になって、ようやく生きてく良さを味あわせてもろうたわ…………………それも、てめぇよりも遥かに下の、ガキらにな…………………」
ジリジリと照りつける太陽。
アスファルトに映る影の黒さが、日差しの強さを物語る。
立っているだけで汗が頬を伝う中、木瀬は本音で話してくれていると思った。
竜也は、そんな自分達を決して蔑まさない木瀬に、初めて尊敬出来る大人を見たような気がした。
「きれい事抜かすな…………………」
ただ、悪ガキ一人は、そうはいかなかった。
まだ、何も言ってない。
山のような恨み節。
許さねぇ、許さねぇ。
毎日毎日、何度も思ってきた。
「………………………京」
自分を心配する、竜也の声。
わかってる。
「わかっとるよ、お前の想いは………………」
「え……………………」
「お前と、何年一緒におる思うねん。どんな気持ちで腹括ったか位、痛いほどわかっとるわ……………でもな、言わせてくれ。俺かて、お前の幸せを願っとんやぞ。ガキはガキなりに、願っとんやっ…………………ヤクザに取られて不幸になったやなんて、笑い話にもならへんやろ!」
「きょ…………………」
強まる語尾に、竜也も言葉を飲み込む。
出会った時から見てきた、友。
大変な事も、お互い全部知ってる。
口には出さなくとも、ずっと支えてやろう……………子供ながらに、そう想い合ってきた。
「あぁ、クソ………………感情が昂って、唇が震える」
奥歯に力を入れ、京之介は顔を上げる。
今日、やっとまともに見た、木瀬の顔。
厳ついが、貫禄があって格好良い。
竜也が何故信用しようと思えたのか、見てるだけで理解出来る風格。
自分だって……………ホントはこの人なら、大事な心友を頼めるって、悟ってんだよ。
それでも、許せない気持ちを簡単には投げ出したくないだろ。
大切だから。
誰よりも、大切だから。
「木瀬さん…………竜也は、こいつは俺のホンマに大切な心友や。これからの人生、どんだけの人間に会おうとも、こいつ以上の友人は現れんて確信しとる」
365日。
ほぼ毎日会っていた、幼馴染み。
喧嘩と喧嘩と、馬鹿ばかりで過ぎた青春時代。
思い出なんてあり過ぎて、何が思い出かもわからない。
「せやから…………竜也に何かあったら、俺は絶対にあんたを許さねぇ…………大事な人の人生掴むんや、覚悟して育ててくれよ。ナメた真似しよったら、いつでもぶん殴りに行くからなァ!!覚えとけやっ!!」
京之介、一世一代の啖呵。
竜也の為に。
17歳の子供が、ヤクザの幹部へ向かって言い放った。
ガキに、何が出来る?
出来るかもしれない。
周りを歩いていた人々が思わず立ち止まる程、それには力が込められていた。
「きょ………………どアホ………っ」
竜也は俯き、拳を握りしめる。
世界で一人だけ、心友のなんと心強い存在か。
こいつだけ。
こいつだけが、力になる。
「わかった………………俺がナメた真似せえへんよう、いつでも見張っといてくれ。俺も命懸けて、お前の大事な心友を育て上げるから」
京之介の熱意は、木瀬の心も熱く揺らした。
青春の素晴らしさ。
羨ましい。
そこまで人を想える美しさに、ヤクザが頭を下げた。
暑い夏の日。
二人の悪ガキと一人のヤクザは、暑さに負けない熱い約束を交わす。
男と男の約束。
強く強く、それは木瀬が亡くなるまで破られる事はなかった。
「竜也ぁ…………………」
「あ……………………?」
「もうすぐ、木瀬さんの命日やの……………関西まで、ちとドライブすっか?」
蝉の声が、聞こえる。
大都会のど真ん中を愛車でブッ飛ばし、京之介は開けた窓から真っ青な空を見上げた。
木瀬が亡くなって、十数年。
墓参りは欠かした事がない。
「せやなぁ………………いっちょ、カマしたるかァ」
助手席で笑う竜也の顔が、GOサイン。
いい歳しても、変わらない。
ぶっ飛んだ奴らの、ぶっ飛んだ人生。
この先も、きっと同じ。
二人の絆は、固く結ばれたまま。
長く、長く、永遠に。
それは、続く。
完。
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