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Daylight -2-
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水に濡れた颯は、くったくなく笑う。
「ぁははは!気持ちぃい!
犬のように髪を振って、ブンッと頭を仰け反る。
髪から放たれた滴が、太陽の光を受けて、弧を描く。
居間に飾ってある、宗教画の天使のようだ。
「ビショビショ!」
自分の体を、あちこち確認してまた笑う。
「だから言ったのに。」
俺も髪をかき上げ、滴を飛ばす。
掻き上げたまま、頭の後ろで髪を絞る俺を、じっと見つめる颯。
視線が合うと、ハッとして顔を逸らす。
「……母様に怒られるかな?」
目尻と眉をわずかに垂らし、俺に助けを求める。
そんな顏されたら、誰だって、颯を助けたくなる……。
俺は溜め息をついて、仕方なく、温室に向かう。
「おいで。」
「うん!」
颯は従順な子犬のように付いてくる。
薫様によく似た笑顔を添えて。
温室に入ると、ややヒンヤリした印象を受ける。
ここは一年を通して温度管理がされている。
外が暑すぎるんだ。
「颯様、寒くない?」
「平気。」
颯は嬉しそうに俺のすぐ後ろに寄り添う。
シャツ越しに透ける肌……。
俺は見ないようにして奥の作業部屋のドアを開ける。
奥の棚から、タオルを出し、颯に投げる。
颯はそれを片手で受け、顔を拭く。
俺も自分の顔と髪を拭く。
滴が垂れない程度に吹いて顔を上げると、颯がじっと俺を見ていた。
「……どうした?寒い?」
「うん、寒い……。」
「じゃ、すぐ母屋に戻って……。」
颯の腕を掴んで温室を出ようとすると、颯は動かないよう、体を踏ん張る。
「……どうした?」
颯は黙って俺を見つめ続ける。
潤んだ茶色の瞳が、俺の動きを封じる。
「僕……薫おじ様に似てる?」
突然の言葉にびっくりしていると、さらに颯が続ける。
「……潤は……薫おじ様が好きなんでしょう?」
「…………颯……。」
颯を掴んでいた手から力が抜けていく。
「僕を見てると……思い出しちゃう?」
思い出す……思い出さずにはいられない。
颯は、薫様にも若旦那様にも似てるから。
二人の幸せを……思い出さずにはいられない。
「……どうして?」
颯がわずかに視線を揺らす。
「どうしてそんなことを聞く?」
「潤が……時々辛そうに僕を見るから……。」
……辛いよ。
でもそれは、美しく成長する颯を……お前を見るのが辛いんだ。
「薫おじ様と僕が重なって……僕を見るのが辛い?」
俺を見上げる颯の瞳は、まるで若旦那様を見る薫様のよう。
……いけない。
これ以上踏み込んではいけない。
もう、颯は一人でも大丈夫。
父と一緒に住めない颯を、正樹様と一緒に父親代わりにお世話した。
小さな手足で、ヨチヨチ後ろをついてくる颯。
目を輝かせて虫に見入る颯。
楽しそうに学校の話をする颯。
やんちゃな悪戯をして、和子様に怒られる颯……。
どんな颯もそれは可愛くて。
みんなの愛を一身に受け、健やかに成長した。
もう……俺の出る幕じゃない。
これ以上ここにいたら、俺は……。
「辛いよ……だから、ここを辞めることにした。」
「潤!」
颯の手が、俺の腕を掴む。
「ぃやだっ!」
「ずっと……考えてたんだ。」
俺は笑って颯の頭を撫でる。
「いやだよ。潤っ!」
「もう、颯様は俺がいなくても大丈夫。正樹様もいるし、和子様もいる。
変わりの庭師が見つかったら、俺はここを出て行くよ。」
「出て……どこへ行くの?」
「まだ……決めてない。」
「ダメだ!……僕が……僕がおじ様に似てるから?
だからなの?」
俺は何も言わず、颯の頭にある自分の手を下ろす。
「どこが似てるの?目?鼻?口?」
颯は言いながら、奥の棚から鋏(はさみ)を取り出す。
「颯っ!」
颯は両手で鋏を握り、その先を顔に向ける。
「僕が似てなければ、潤はここにいてくれる?」
「颯、やめろ……!」
いったい、何が起こってるんだ?
颯は何を言っている……?
「潤がいてくれるなら、顔なんてっ!」
颯が一瞬手を引いて構える。
「颯っ!」
鋏の先は、躊躇なく颯の顔に向かっていく。
考える間もなく、俺の体が動く。
「んぁっ!」
颯の声。
ポタポタと床に垂れる赤い点。
その点が、また一つ、また一つと増えていく。
「…………潤……。」
泣きそうな颯。
俺の手は、颯の顔、寸前で鋏を握り締めている。
「潤っ!」
颯が鋏から手を離す。
颯の目から大きな涙がこぼれ落ち、そのまま俺に抱き着く。
「……ごめん……ごめんなさい……。」
俺は鋏を握り締めたまま、もう片方の手で、颯の背中を撫でる。
「……大丈夫。大丈夫だから。」
ぎゅっと颯の腕に力がこもる。
「でも血が……。」
「少し切れただけだ。心配ない。」
「でも……。」
颯は恐る恐るお俺の手に両手を添える。
「もう二度と……自分を傷つけようなんて思うな。」
「……うん。」
「絶対だ。約束してくれるな?」
颯は黙ったまま、返事をしてくれない。
俺は背中を撫でる手をグッと引いて、颯の顔を上に向ける。
「約束だ。」
「…………わかった。」
颯は小さな声で、視線を外して答える。
「でも……。」
「でも?」
顔を上げ、真剣な茶色い瞳が俺を見据える。
「僕は……顔なんかどうなったっていい。潤が側にいてくれるなら。」
「颯様……。」
「潤も……辞めるなんて言わないで。」
俺は颯から目を背け、手にしていた鋏を、水場に向かって放り投げる。
ガチャッと金属音がして、ズキッと痛みが走る。
初めて自分の傷の深さに気づく。
「痛いの……?」
颯は、俺の血まみれの手を両手で包んで、そっと開かせる。
血で、傷口なんかわからない。
その手の平に、そっと唇を落とす。
「ダメだ。汚い……。」
俺が手を閉じようとすると、颯の両手がグッと開かせる。
ズキッと走る痛み。
颯の赤い舌が、俺の赤い血を、ゆっくりと舐めとっていく。
その舌をじっと見つめ……。
抗えない衝動に、心臓がドクドクと音を立て始める。
「颯……。今やめないと……後戻りできなくなる……。」
それでも舐め続ける颯。
「いいのか?」
颯は手の平を見つめながら、少し顔を上げる。
何も言わず小さく頷いて、天使のように微笑む。
「潤が……側にいてくれるなら。」
あぁ、神様、俺は天使を……。
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