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七
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―善右衛門―
いつものように店を開け、生薬を天秤にのせ計っていると、使いにやっていた丁稚(奉公に来ている少年)が戻ってきた。
「若旦那、――屋の桜餅を買ってきました」
「ああ、早かったね。ありがとう」
駄賃代わりに桜餅を箱から一つ出し、分け与える。他の者に見つからない内に食べようと思ったのか、目を離した隙に丁稚の頰はまあるく膨らんでいた。もぐもぐ口を動かしてにんまりと笑みを浮かべている。
商家には預かった子供を一人前にする義務がある。必要があれば指導しなければいけない。叱ろうとも思ったが、もう一つ桜餅を渡し、「今度はゆっくり食べるように」と諌めるだけにとどめた。
恵之介に聞いたが、昨晩の吉原は必ず朝までの客を取らねばならぬ日だという。
先日と同じように、派手に遊んだ客の取り立てに誠吉が来るかもしれない。誠吉に桜餅を食べさせたいがためにわざわざ遠くの店まで使いに行かせたので、叱るには少し決まりが悪かった。
***
「失礼いたします……!」
「いらっしゃいませ」
丁稚が帰ってきて幾分もたたない内に、誠吉が店表に顔を覗かせた。着物が入っているであろう風呂敷包みを抱えている。
「あの、お借りしてた着物を返しに来ました」
誠吉は恐縮しきった様子で側まで来て、包みを差し出した。
「ちょっと手が離せないので板間の上に置いて下さい。頂き物の桜餅があるので、ついでにお茶でも」
茶を淹れて貰おうと丁稚を呼ぶ。
「い、いえ! 頂く理由がありませんから。それに、帰りが遅くなると叱られるので……」
誠吉は慌てて板間に着物を置き、踵を返そうとした。
引き止めようと立ち上がると、私が口を開くより先に番台に座っていた番頭が算盤をパチリとはじき、帳簿から顔を上げた。誠吉に呼びかける。
「ほんの少しの間、若旦那のお守(も)りをお願いします。若旦那が仕事に精を出しすぎると奉公人も気詰まりなので、お客さまがお越し下さってちょうど良かった」
用意した桜餅を頂き物だなどと言ったので、番頭は誠吉が大事な客だと思い気を回してくれたらしい。
「……お守り、ですか」
誠吉はそれを聞き、固まっていた表情をゆるめ吹き出した。
まぁ、常日頃から若旦那はでんと構えているのが仕事だと言われている。休んで欲しいというのは本音かもしれない。だが本気で言ってるとしたら、客の前で酷い言いようではないか。再び帳簿に目を落とす番頭を横目で見て、板間に座った
丁稚が持ってきた茶を誠吉と二人で啜る。誠吉に桜餅を勧めたが先に手を出してくれそうもないので、菓子盆から一つ手に取り、自らの口に運ぶ。桜の葉のえも言われぬ良い香りが鼻に抜けた。やはり桜餅はこの店のものに限る。
誠吉の白くて細い喉が上下するのを見ながら、桜餅を胃に落とした。
「どうにも一人で食べるのは味気ない。一緒にいかがです?」
「い、いただきます……」
ようやく誠吉は桜餅に手を伸ばした。おのれの手と比べると、随分細い手首をしている。ロクなものを食べていないのだろうか。前に店に姿を見せた時から心配だった。薬湯に微かに混ぜた蜂蜜の甘みに喉を鳴らすなど、自分ではとても考えられない。
視線に気付き、誠吉は顔を赤らめた。白粉を塗らずとも透き通るような白い肌なので、顔だけでなく一気に首元まで赤く染まる。
薬湯を前にした時の誠吉と同じく、喉がゴクリと鳴った。酷く艶かしい。あの夜見た花魁よりずっと。
「あまりに美味しくてがっついてしまいました……」
見られていた理由を勘違いしたようで、誠吉は消え入りそうな声で呟いた。手にはまだ半分も桜餅が残っているので、がつがつというよりは味わって食べているだろうに遠慮深い人だ。
「いやいや、時間を置くと固くなってしまうので、お好きなだけ食べて下さい」
平静を装って誠吉の湯呑みに茶をつぎ足す。急須を持つ手と比べ物にならないくらい顔が熱い。心臓の音が洩れてしまわないか心配になり、色付いた肌からさっと目を逸らした。
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