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ユウ君、と呼ばれた店員が拾ってくれた写真は、放り出されるようにして店の入り口の方に落ちていた。
落とされて拾われて、落とされて拾われて、また落とされて……因果な写真だな、と思う。
それもこれも、ここに写ってる裸の男がワリーんかな?
カウンターの奥から出てきたおっさんに視線で問われて、オレは素直に写真を見せた。
「これ……」
事情を知ってんのか、おっさんは写真を一目見て絶句した。
「拾ったんです。エッフェル塔の前で」
別に隠すことじゃねぇ。オレはおっさんに、今までのことを大まかに話した。
エッフェル塔前で偶然、写真を破ってんのを見かけたこと。そんでその後、この写真を拾ったこと。
その次の日も、さらに次の日も、行く先々で同じ光景を見たこと。だからこの写真も返した方がいーんじゃねーかって、今日初めて持ち歩いたこと。
そして、偶然の再会――。
「その写真に写ってる部屋、今オレが泊まってるホテルの部屋と同じなんです」
だから気にかかって、と言うと、おっさんは単純に納得してくれた。
泣き顔が気になったとか、惹かれたとか、そんなことは口に出さなかった。泣かねーで欲しいと思ったとか。
「コイツは悪い男だよ」
おっさんは、その写真を汚ぇモンでも触るみてーに、イヤそうに指で払った。
「あんな純情な子たぶらかして、右も左も分かんねぇような外国に連れてきてさ。散々貢がせといて、飽きたらポイだ」
吐き捨てるように言って、おっさんは苛立たしげにため息をつく。やり切れねぇ、とこぼしたセリフが、多分彼の本音だろう。
写真の男は、自称フリーのカメラマンで日系フランス人なんだそうだ。そんで、あのユウって名の店員は、3年前、コイツと駆け落ち同前に来仏したんだとか。
2人はこの裏手にある古いアパルトマンを借りて、つつましく幸せに暮らしてたらしい……ほんの3ヶ月の間だけ。
「騙されてたんだよ、可愛そうに」
昼前のうどん屋。客が他に来ねーのをいいことに、店主のおっさんはオレに色々話してくれた。
単に、誰かに愚痴を言いたかっただけなんかも知んねーけど、オレも知りたかったから黙って聞いた。
「ベルギーで大きな仕事があるんだとか言ってね。それが終われば、まとまった金ができるから。そしたら田舎に帰って、自分の両親に紹介する……って。ウソばっかりだ」
ふん、と鼻息荒く、おっさんは言った。
甘い約束を残したまま、男は二度と戻らなかったって。まあ、よくある話だ。
「金とか貸してないですよね?」
そう訊くと、「勿論貸したさ」って言われた。
「渡航費用と、当面の生活費と。2000ユーロくらい貸したんじゃないかねぇ?」
それもまあ、よくある話だ。
1ユーロが140円弱くらいだから、28万くらいになんのか。いや、3年前ならもうちょっと違ったか?
「全く、見てらんなくってね」
作務衣を着た店主は、はあー、と深いため息をついて、ユウの出てった引き戸を見た。
健気な日本人店員が戻ってくる様子はねぇ。
オレ以外の客が、入る様子も。
まあ食べな、と今更のように促され、オレは盆の上の割り箸を取った。
すっかりくっついちまった麺を、やけくそのようにつゆに入れて、ずぞぞっと食べる。
讃岐風って程じゃねーけど、思ったよりコシがあって美味かった。
食いながら、その先の話を聞いた。
「半年は信じて待ってたねぇ」
おっさんは、過去を見るように遠い目で言った。
恋人が、貸した金を持ってベルギーに飛んで半年。半年間、ユウはひたすら信じて待ち続けたんだそうだ。
けど、待てど暮らせどヤツは帰って来ねぇ。連絡もねぇ。
『騙されたんじゃないの?』
周りが囁く中、ユウは逆に、何かあったんじゃねーかって心配した。
金が足りなくて帰れないんじゃねーか、怪我して入院でもしてるんじゃねーか、病気で寝込んでねーか、何か恐ろしいトラブルに巻き込まれてんじゃねーか……。
休みの日にネカフェに通っては、事件や事故なんかの情報を集めたりもしたそうだ。
『もう帰って来っこないよ』
周りのそんな忠告にも、泣きそうな顔で首を振って。ユウは、ずっと待っていた。
そういうコトじゃねーんだ、と、悟ったのはいつ頃だったんだろう?
諦めたのは?
待つのに疲れなかったんかな?
自称カメラマンの恋人と撮った写真を破って。それで、「やめる」覚悟はできたんかな?
おっさんの話が終わっても、ユウは戻って来なかった。
ガラッと引き戸が開いて、店主と2人してハッとしたけど、それはただの客だった。
「ごちそうさま、これ、アイツに」
オレはそう言って店主のおっさんに写真を渡し、金を払って外に出た。
写真の裏には、メッセージを書いて来た。ホテル名と部屋番号。そして、チェックアウトの予定日時。
――オレはこの部屋に泊まってる。最後の1枚、破りに来い――
1週間あった日程は、今日を含めて、後2泊3日になっていた。
コン、コン、コン……と遠慮がちなノックと共に、ユウがオレの部屋に来たのは、夜9時を過ぎた頃だった。
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