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「あ、の……」
ユウはそう言って、気まずそうに顔を伏せた。手には、例の写真を握ってる。
「どうぞ」
促して、ドアを大きく開けてやっても中に入ろうとしねぇ。
「別に誰もいねーし。入れよ」
オレはそう言って、ユウの背中を軽く押した。けどやっぱ、1歩も動こうとはしなかった。
――震えてる。
緊張してんのか? それとも怖いんだろうか? 過去が?
まあ、気持ちは分かんなくもねーけど、そうやって廊下に立ちっぱなしされてもちょっと困るし。
「ちょっと待ってろ」
そう言って、一旦部屋に戻る。
財布を持ってドアを開けると、ユウはさっきと同じままで、顔を伏せて立っていた。
「じゃあさ、先にちょっと呑みに行かねぇ? 突っ立っててもしょうがねーし」
じっと顔を見ながら誘うと、ユウはこくんとうなずいて、少し高めの穏やかな声で「そうだね」と言った。
ホテルのバーは、最上階にあった。つっても、7階だけど。
普段、あんまバーとかよく行かねーから分かんねーけど、日本のバーとはちょっと雰囲気が違う気がする。
豪華なシャンデリアの煌めく下、深紅のカーペットが敷かれた店内には、テーブル席が幾つかと、カウンター席。中央には革張りのソファも置いてあった。
「誘っといてワリーけど、フランス語できねーんだ。適当にワイン頼んでくれねー?」
耳元でこっそり囁くと、ユウは驚いたみてーに顔を上げて「うん」とうなずき、それからふふっと笑みを漏らした。
「やっぱ、笑ってる方がいーな」
オレがそう言うと、「うえっ?」と変な声で訊き返される。
なんだそれ、色気ねーな。
ははは、と笑うと、小さなテーブルの向かいの席で、ユウがじわっと赤くなった。
「違うよ、これはフランス語で……」
って。フランス語で何だっつの。真っ赤な顔で言い訳しようとして、結局口ごもっちまうのも可愛かった。
注文してくれたグラスワインは、甘口の赤だった。
いつもビールとかばっかだから、こういうのもたまには新鮮だ。
「メシ食った?」
サーモンが盛られたクラッカーを食いながら訊くと、ユウはこくりとうなずいた。
「まかない食べて来た」
そう言うからには、店に戻ったんだろうか?
「へー? まかないって、やっぱうどん? たまにはフランス料理とか食べたりすんの?」
ユウはまたうなずいて、「適当だけど、自分でも作る」と言った。
適当って、なんだ? なんかおかしい。
くっくっと笑ってると、ユウも一緒にくすくすと笑った。
しばらく雑談をしてから、ふと訊いてみた。
「前に泊まった時、ここは来なかったんか?」
誰と、とは敢えて言わなかった。言わなくても伝わるだろう。
ユウはふと笑みを消して、「うん」と言って苦く笑った。
「新婚旅行のつもり、だったんだ」
ぽつりと呟かれるセリフ。その先を知ってるだけに、じわっと胸が痛む。
「一緒だな」
気が付くとオレも、ぽろっと口に出していた。
「まあ、オレの方は、成田出る前に破局しちまったんだけど」
「え……?」
ユウがぽかんとした顔で、オレを見る。
何か言いたげに口を開けて、でも何も思いつかなかったのか、「そっ……」つったっきり黙り込んだ。
まあ、突然そんなカミングアウトされても困るよな。
「あの、じゃあ、1人旅なの?」
「まあな。何が原因だったんか、オレにもよく分かってねーんだけど、なんとなくそんな感じだな」
ははっ、と自嘲すると、「オレも!」と言われた。
「一緒、だね」
「一緒か……」
それを聞いて、ふと思った。コイツはまだ、新婚旅行の最中なんじゃねーかって。
旅の途中で結婚相手がいなくなっちまって、見知らぬ旅先で一人ぼっちで。だから、そっからどこにも行けねーまま、帰れねーでいるんじゃねーのかな?
そっからも、また雑談を続けた。
雑談の中には恋バナもちょっと混じってたけど、お互い全部過去形だった。
酒は辛口の方が好きだったハズなのに、なんでか今日は、どろどろに甘いのが呑みてぇ気分だ。
クラッカー食べ終えた後は、チーズの盛り合わせを頼んで、ワインと一緒に腹に入れた。
ゆで卵にマヨネーズ盛っただけのメニューもあって、それが定番の家庭料理だっつーんでビックリした。
いや、つまみにはいーのかも知んねーけど、疲れて仕事から帰った時に、おかずがこんだけとか言われたら、ワリーけどキレる。
そう言うと、ユウは「ポトフもあるよ」って、上目使いでにへっと笑った。
なんだそれ、可愛いじゃねーか。
男だし、美人って感じじゃねーのに、ふらっと惹かれる。
フラれた者同士、ごっこ遊びしてるみてーで、なんか空しいけど楽しかった。
店を出たのは、互いに3杯ずつ呑んだ後。
ユウは機嫌よく笑ってて、そのままオレの部屋に戻った。
もう、震えたりはしねーようだった。
けど部屋に入った途端、ワインに上気した頬からゆっくりと笑みが消えた。
写真を取り出して握り締め、遠い目で彼は過去を見つめる。
それが最後の写真らしい。
大粒の涙がぽろっと1滴こぼれ落ちるのは、何度も見たハズなのに、ドキッとした。
「泣くな……!」
気が付くと、抱き寄せてた。
柔らかな猫毛から、甘いニオイがふわっと香った。
酔ってたんかも知んねぇ。
オレも、ユウも。
衝動的に交わしたキスは、どちらからともなく貪るように深くなって――。
「あの、男とかダメ、かな?」
ユウが、濡れた声でオレを誘った。
ダメだなんて、言うハズがなかった。
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