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「なんか見てぇ物でもあんのか?」
そう訊きながら、ショーケースの方に近付こうとしたけど、ユウにぐいっと腕を引かれた。
「ない。何もない、よ」
ぷるぷると首を横に振ってる。
「お、腹すいたよね。いっぱい歩いたし。ランチ、しない?」
ユウはつっかえつつも早口で言って、オレの背中をぐいぐいと押した。
「ここ、同じフロアに、レストラン、ある、から」
って。
ドモリまくりだし、挙動不審だし、誤魔化してんのモロ分かりだったけど、訊かれたくなさそうなのもモロ分かりだし。ムリに訊き出すのもどうかと思う。
それにまあ、確かにカフェで食った分は、とうに消化しちまったしな。今はユウの言う通り、ランチを食べることにした。
レストラン&バーみてーな感じなんだろうか、連れて行かれた店は結構広くて、ランチ客でにぎわってた。
カウンターの後ろには、洋酒のビンがずらっと並んでる。
昼間っからワイン飲んでる買い物客もいるけど、その一方で、ネクタイしてるビジネスマンっぽい客も多い。
オフィス街に近かったかな? 今日って平日だったか?
ああいうランチ風景を見ると、日常が近付いた気がして、なんか落ち着かねー気分になる。
来週にはもう、東京でしれっと仕事してんのか。実感がわかねぇ。
パリ滞在は、今日明日の2日を残すだけだ。
来た時は、1週間も一人旅かってげんなりしてたけど、結構あっという間だった。
それもこれも、ユウのお蔭だ。
壁際よりは明るい方がいいだろうと思って、窓際のテーブル席に座った。
「何食べる?」
ユウがメニューを開いてくれたけど、残念ながらフランス語ばっかで何にも読めねぇ。
デパートだし、頼めば日本語のメニューも持って来てくれんのかも知んなかったけど、そこまではもう面倒くせーし。
「肉でいーや。適当に頼んで」
オレがそう言うと、ユウは「にく……」とかぼそぼそ呟きながら、メニューとオレとを落ち着きなく見比べた。
困ったように眉が下がってっけど、昨日までさんざん見せられた、あの泣き顔よりは断然イイ。
写真を握り締め――過去と今とを見比べて、途方に暮れたような顔するより。同じ途方に暮れた顔でも、メニューとオレとを見比べてくれた方が、断然イイ。
オレなら、あんな風に泣かさねぇのに、と思う。
愛して、可愛がって、ずっと大事にして放さねーのに――と、そう思ってふと、指輪のことが頭をよぎった。
メニューを掴むユウの両手をちらっと見る。
その白く骨ばった手に、指輪はねぇ。
オレの指にも指輪はねぇけど、それは自分で引き抜いて投げつけたせいだ。
じゃあ、ユウは?
自分で外したんかな? それとも元からなかった?
話を聞く限りじゃ、恋人っつーより詐欺師に近いような元カレだけど。やっぱ、指輪を贈り合ったりしたんかな?
さっき、メンズ宝飾のコーナーで気にしてたのは、メンズの指輪だったんじゃねぇ……?
ここには、ソイツと来たコトねーらしいけど。いつかここで指輪を買おうね、とか、そんな約束があった可能性ってねーのかな?
ユウがうんうんと悩みながら決めてくれたランチは、サラダとフライドポテト、ローストビーフ、それからパンのセットだった。
パンも焼き立てで美味いけど、ローストビーフもソースが合ってて美味い。ホテルのレストランと比べても遜色ねーくらいだ。
「こういう店、よく来んのか?」
そう言うと、ユウはぶんぶん首を振った。
「ううん、全然。カフェなら行くけど」
って。ああそういや、まかないあるって言ってたな。それに、自炊するんだっけ? いーな、それ。
昨日のやりとりを思い出す。
「お前の手料理も食べてみてーな……」
ぼそっと呟くと、ユウが「ええ?」と不思議そうに首をかしげた。
「なんで? こんなに美味しいものとか、作れないよ?」
「そりゃそーだろ」
そういう問題じゃねーっつの。
直球な答えに、ははっと笑う。
「シェフの料理なんか期待してねーんだよ。お前の作ったメシが食いてーんだ」
ユウは、やっぱきょとんと首をかしげたままだったけど、昨日のバーでの会話を、同じく思い出したんだろう。ふふっと笑って肩を竦めた。
「ゆで卵マヨネーズ、でも?」
「おー。ポトフもつけてくれんだろ?」
昨日そう言ったのはユウだ。酒の席での、ごっこ遊びみてーな会話。
でも、あれ、可愛かったし。
「そう、だね……」
ためらうようなそぶりを見せて、ユウがじわっと赤面する。
「じゃ、今夜……来る?」
そんな風に訊かれて、断る訳がねーし。遠慮だってしねぇ。
「ああ、頼む」
きっぱりと答えると、ユウは「分かった」とうなずいて、そんでますます赤くなった。
準備があるから、つって、ランチを食べてすぐ、ユウは家に戻ってった。
もしかしたら、あの宝飾品コーナーを避けたかったんかも? ちらっとそう思ったけど、敢えて指摘はしなかった。
「8時くらいに、オレの働いてた店まで来て」
最初はそう言ってたユウだったけど、地下鉄の駅まで送ってく途中で、エッフェル塔のライトアップを見てねぇって話をすると、
「じゃあエッフェル塔の前で待ち合わせ、する?」
って可愛く誘われた。
「……そうだな」
一瞬脳裏に、あの日偶然見てしまった、ユウの泣き顔がよみがえる。
多分、あの時から惹かれてた。
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