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すぐに空港中を駆け回り、いっそ館内放送もして貰って、ユウを探したかった。
大きなトランクだって持ってんだし、多分そんな早くは移動できねーだろう。すぐに探せば、すぐに走れば、捕まえられんじゃねーかって思った。
そうしたかった。
けど――できなかった。女が援軍を呼んでたからだ。
「タク! あんたなんで連絡よこさないのよ!?」
母親の声にハッとして振り向く。
いつの間にか、オレの両親と女の両親が並んでオレ達を囲んでた。
外でする話でもねーだろうって親父が言ったんで、話し合いは新居に移動してからになった。
後ろ髪を引かれる思いで、成田空港を後にする。
ユウはもう電車に乗っちまっただろうか? それともバス? それとも、まだ空港内にいるんだろうか?
女と揉めてるオレを見て――どんな風に思っただろう?
こんなみっともねーとこ見た後で、それでもまだ、このペアリングを着けててくれるだろうか?
親父の運転する車の後部座席に乗せられて、オレは黙ったまま左手の薬指を触った。
ユウがいねーと、ただのメンズリング1個だ。
女にもそう見えたんだろう。
「それ、買ったの?」
気安く話しかけながら、隣から手を伸ばしてくる。
「触んな!」
その手を振り払うと、助手席から「タク~?」と母親がたしなめて来た。
「奥さんには優しくしないと」
って。誰が奥さんかっつーの。
そんで女の方も。
「いいんです、お義母さま。ごめんね、タクミさん」
って。何が「お義母さま」、何が「タクミさん」だ。いきなり嫁ヅラしてくんな、キモイ!
それ以上話もしたくなかったから、行きの成田で切って以来、初めてケータイの電源を入れた。
途端に鳴り響く受信音。
100通を超えるメールと電話の、大半がこの女からでゾッとする。
中身も見ねーでいっそ全消去してぇ気分だったけど、そういう訳にもいかねーで、ひたすらメール処理に追われた。
今となっては、ユウと繋がる唯一の手段がこのケータイだ。
一緒に買いに行こうっていう、さっきの話はこいつらのせいで流れちまったけど――新しいケータイを買ったらすぐに、空メールでもいいから連絡が欲しい。
きっと連絡をくれるだろうと、信じるしかなかった。
新居に帰れば、予想通り、家具も何もかもそのままだった。
おまけに、図々しくも住み着いてたらしい。
玄関に人形置いてあったり、マット敷いてあったり、花柄のスリッパ買い込んでたり。リビングにはラグが敷かれてて、ダイニングの椅子にはオレンジ色の椅子脚カバー。
いきなり他人の気配を押し付けられたも同然で、あまりの気持ち悪さにゾッとした。
「家具は出しとけって言わなかったか……?」
唸るように低く訊くと、「だって!」っと声高に反論される。
「だって、ホントにここで出て行ったら、ホントに終わっちゃうじゃない! 私、それはイヤなの! あの時のは悪かったって言ったでしょ? 反省してる。ごめんね、ごめんなさい。もう二度としないからっ」
わぁん、と、また女が泣き喚いた。
ウソ泣きだろ、どうせ。ユウならそんな真似、きっとしねぇ。
頼りなさ気に周りを見回し、寂しそうにひとりで泣いて、でも、気丈に前を向いて進むんだ。自信なさ気で、遠慮深くて、でもオレが手を伸ばすと、はにかみながら笑うんだ――。
オレがこの先を一緒に過ごしてーのはアイツで。
なのに。
「タク、ちょっとそこ座りなさい」
母親に「そこ」と促されたテーブルの上に、婚姻届が置かれてる。
後は、オレの名前を書き込んだらいいだけの状態のそれに、ボールペンが添えられた。
「……は?」
腹の底から怒りが込み上げて、どうしようもなかった。
「ちゃんとしてないから、そんなトラブルになるの」
って。意味分かんねぇ。
「……ざけんな!」
バキッ、とプラのボールペンを真っ二つに折って、放り投げる。
ユウが写真をビリビリに破ってたのと同様に、オレもその書類をビリビリに破った。
長引かせんのが何よりイヤだったから、向こうの出す条件を全部呑んだ。
慰謝料もクソもあったんもんじゃねーと思うけど、手切れ金代わりに結納金を全額返し、結婚式の費用も全部、オレが弁償することにした。
会社を辞めた彼女の為に、次の就職先が決まるまで、毎月生活費も援助する。
異論はねぇ。
オレは、確かにフランスで新しい恋をして――新婚旅行先のホテルで、肉体関係を結んだ。愛も告げた。
彼女が拾い上げた結婚指輪を、ハメる指はもうなくて。
それを不貞だと言われたら、逆に「そうだ」と認めるしかなかった。
女が去った後、家具のほとんどが無くなった新居に、パリからの荷物が届いた。ワインだ。
ああ、そういや送ったな。
つい数日前のことなのに、もうずっと以前の出来事みてーだ。
ユウからの連絡も、まだ来ねぇ。
感傷的な気分にじわっと胸を痛めながら、宅配便の梱包を解く。
そして――。
「あれ……?」
1本多いのに気が付いた。
どのワインがそうなのかも、すぐに分かった。
――タク君へ
パリでの出会いを感謝して
ユウ――
と、そんなカードが添えられてたからだ。
そういやあの日……あの店で、ユウもワインを買ってたな、と思い出す。
カウンターで、何か送る手続きをしてたっぽいのは、このワインだったのか?
なんで?
出会いを感謝して?
瓶口を赤いシールで覆われた、そのワインのラベルの銘は「CHATEAU LES AMOUREUSES」。
恋人たち、という意味のワインだった。
はは、と笑える。これ多分、オレが指輪贈ったのと同じ意味だ。
成田で別れたその後も、これ見て自分のコト思い出して欲しいって。そういう意味だろう、ユウ?
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