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パリで指輪を買ったのと同じデパートの銀座店に、女に呼び出されたのは、1週間後のコトだった。
行きたくも会いたくもなかったんで即答で断ろうとしたら、「これで最後にするから」つーんで、渋々会うことにした。
「久し振り」
女は何事もなかったみてーにそう言って、「お茶しよ」と強引にオレの手を引いた。
しゃれた店ん中は混んでたけど、女は予約してたらしい。すんなりと席に通された。
フランス料理の店を選ぶとか、どこまでイヤミなんだって感じだけど、元々パリに行きたいっつってたのもコイツだったな、と思い出す。
オレがチケット2人分持ってっちまったせいでできなかったけど、ホントはすぐに、追い掛けようとしたんだそうだ。
まあでも、後からならどうとだって言えるしな。
「で、何?」
アイスコーヒーを注文してから、単刀直入に用件を訊く。女はオレの態度に苦笑して、居心地悪そうに目を逸らした。
「嫌われちゃったみたいだね」
そんなこと言われたって、リアクションのしようがねーし。そもそも、オレのことキライだとか言い出したのはそっちの方だしな。
もう、行きの成田で何言われたか、全く覚えてねーからいーけど。
オレに謝って欲しかっただけだったとか、思い知らせてやろうと思ったとか、虫の居所が悪かったとか……生理前だったとか。後になって言われたって、言い訳にしか聞こえねーし。
「自業自得だろ」
バッサリと切り捨てるように言うと、女は「うん」と苦そうに言った。
「オヤにも言われた。『あんな一方的な条件呑んで、それでも別れたいって言うんだから、よっぽどだよ』って」
「あっそ」
オレは否定しなかった。慰め言ってやんのもどうかって感じだろう。
女は傷ついたみてーな顔したけど、見ねーフリで、運ばれてきたコーヒーにストローを差す。
同じく運ばれてきたジュースを一口飲んで、女が言った。
「あ、のね。私、再就職しないつもりなの。パリに語学留学行きたいな、と思って」
「ふーん」
再就職しねぇ? 語学留学? まあ、そうしてーなら勝手にそうすりゃいーけど。じゃあ、生活費はどうすんだ? パリの分も払えっつのか? 図々しい。
女は、それで今後どうするかとか、将来の話なんかを語ってたけど、オレの耳には入らなかった。
黙ってコーヒーを飲んでると、女がオレの手元をじっと見てんのに気が付いた。左手の薬指。
「何?」と短く問うと、女は「うううん」と一旦は首を振って。けど、やっぱ気になったみてーだ。珍しく、言葉を選びながら訊いて来た。
「ねぇ、あの……この前言ってた話、ホントなの? ホントに運命の人に会ったの? ウソじゃなくて?」
言ってる意味が分かんねーで、目の前の、女の顔を凝視する。
「うちのオヤがね、ウソじゃないかって言ってたの。私と別れるための方便じゃないか、って」
「ウソじゃねーよ」
勿論、即答した。
ウソじゃねぇ。まだユウからは、何の連絡も貰えてなかったけど。ウソじゃねぇ。夢でもねぇ。……だって、あのワインがあるんだしな。
恋人たち、って名前の赤ワインのことを思い出し、オレはふっと口元を緩めた。
そしたら――ガタン。音を立てて、女が椅子から立ち上がった。
「もう……いい。分かった。もう、会ってって言わない。生活費もいらないから。パリ行くから。さよなら!」
言うだけ言って、伝票引っ掴んで去ってこうとするから、オレはとっさに「待てよ」と女を引きとめた。
「な……に?」
女が振り返る。泣くの我慢してるなってなんとなく分かる。オレは女に手を差し伸べて、短く言った。
「伝票。払っとく」
女は、小さく息を吸い込んで、そしてオレの手に、バシッと伝票を叩き付けた。
追いかけるように出て行くのもどうかと思ったんで、そのまま席に座ってアイスコーヒーを飲み続けた。
この際だから、ついでにメシでも食ってくか?
ランチとディナーのちょうど中間の時間帯みてーだけど、一応食うモンはあるようだ。
やっぱ、日本語のメニューはいーよな。と、そう思ってウェイトレスを呼ぼうと顔を上げると――ちょうど入り口に、男が2人立ってんのが目に入った。
黒のふわふわ頭、ユウ、と。もう1人も黒髪の男。ソイツの顔には見覚えがあった。
ドキッとする。
ハッとユウの手に目をやると、左手の薬指にはオレと同じ指輪があって――取り敢えずそれを見て、辛うじて息をすることができた。
「こちらのお席へどうぞ」
ウェイトレスに案内されて、ユウたちはすぐそこの窓際の席に座った。
とっさにメニューで顔を隠したから、多分ユウには気付かれてねーと思う。アイツ、それどころじゃなさそうだしな。
2人がドリンクを注文したんで、オレもメシは諦めて、アイスコーヒーのお替りを頼んだ。
女と入れ違いで良かったと思う。
こっちの話を聞き流しながら、あっちの話に集中するとか、それはさすがにできそうになかった。
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