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ユウはスゲー緊張した様子で、にこりとも笑ってなかった。
初めて会った日の夜、バーに行く前、ホテルの部屋の前で立ち竦んでた時と似たような感じだ。
向かいの席に座る男の方は、逆にニコニコと軽い感じで笑ってる。
日系フランス人って言ってたっけ? 日本語も普通に流暢だった。
「ホントに久し振りだね、ユウ。何年ぶりかな? 覚えてるかい? パリのデパートでデートしようねって約束してたよね? それが偶然とはいえ叶ったんだ。とても嬉しいよ。ユウ、キミは?」
ユウに相槌の暇も与えねーで、男はベラベラと喋ってる。
そのくせ時々様子を伺うように黙って、やさしく微笑み、ユウの顔をまっすぐに見つめてる。
「え、と……」
ユウは促されるまま口を開いた。でも、口ごもっちまって何も言えてねぇ。何を言ったらいいのか分かんねーみてーだ。
まあ、そりゃそうだよな。こんなヤツに聞かせる言葉なんか何もねーよ。
けど男の方は気にしてねーようで、またベラベラと喋り出した。
「さっき別館でキミを見かけた時は、心臓が止まるかと思ったよ、ユウ。運命を感じたね。これは神の啓示だよ、きっと。ここにあなたの幸せがありますよって、神が導いてくださったのさ。そうじゃなきゃこんな運命的な再会の仕方はないよ。ね、そうだろう?」
男はそう言いながら、ユウの手を握ろうとした。
一瞬ムカッとして、思わず立ち上がりそうになっちまったけど、ユウがスッと手を引っ込めて、それを躱してくれたんで良かった。
「ユウ、怒ってるのかい?」
男が甘えたような、媚を売るような、ちょっと濁った声で言った。
怒ってんのはオレの方だっつの。
怒鳴りて―のを我慢して、イライラとアイスコーヒーを飲む。
「ああー、ごめんよ、音信不通になってしまって。ボクのこと、心配してくれた? 信じられないだろうけど、ベルギーで仕事中に事故に遭って、記憶を失くしてしまってたんだ。キミのことを思い出したのもつい最近でね。どうしてた? 病気なんかしてなかったかい?」
優しく問われて、ユウはこくりとうなずいてっけど、ちょっと待て、それ絶対にウソだろう。
バカげた世迷言をマジで信じてんのか、それともバカバカしくて突っ込んでらんねーのか、ユウはウソを指摘しねぇ。
男はそれをいいことに、更にユウに「いつ日本に?」と、さり気なく訊いた。
「昨日? おととい? それとも1週間前くらいかな?」
あからさまな誘導に、こくりと素直にうなずくユウ。
んなこと訊いてどーすんだ、と思ったら、男が「じゃあ、仕事は?」って言いだした。
「今、何やってるの? 日本は就職難でしょ? 仕事、見付かった?」
って。大きなお世話だっつーの。
「まだ、だけど」
ユウが素直に答えると、男の声が、ますます嬉しそうに高くなった。
「だったらボクに任せてよ。信用のできるところ紹介してあげる。フランス語のできる日本人を探してるお店があるんだよー。ね? じゃあさっそく行ってみよう。早く行かないと別の人に取られちゃうかも知れないし。善は急げって言うだろう? ああ、そうだその前に連絡先教えてよ。ケータイ持ってる? 持ってないの? じゃあ買いに行こう。安くしてくれるお店も知ってるし。ね? 住所は? まさかホテル住まいじゃないでしょ?」
男はそこまで一気に喋って、にこやかに笑いながら席を立った。ユウにも立つように促して、「ほら」と腕を取ろうとする。
行かせるか、と思ってオレも腰を上げかけたその時――。
「行かない」
ユウがきっぱりと言った。
「オレ、もうキミとは一緒に行かない。キミのこと頼りにしないし、キミにお金貢ぐのもイヤなんだ!」
「ユウ……」
ユウの反抗が意外だったんかな? 男は呆然と呟いて、でもすぐに取り繕った笑みを浮かべながら、元のイスに座り直した。
「格好いいな、ユウ、大人になったんだね。キミにはもうボクが要らないの? もしかして、その指輪のせいかな?」
そう言って、ソイツは歪な笑みを浮かべたまま、ユウの左手に手を伸ばす。
「触るなっ!」
パン、と乾いた音を立てて、ユウがその手を打ち払った。
守るように、右手で左手を庇ってる。
「汚れた手で、触るな」
いつも下がりがちだった眉を、キリッと上げて。その大きなつり目で、ユウは目の前の男を睨んだ。
男は、ははっと小さく笑った。
「何を怒ってるの?」
って。全部だろ、バカか。
「ねぇ、ユウ、騙されてるんじゃないの? キミは世間知らずだから心配だよ。そいつに何言われたの? もしかして、そいつに言われて日本に戻って来たの? 日本人? その指輪さ、買うとこで買ったら、2000円で買えるよ? デパートで目の前で買ってくれたんじゃないんでしょ? 信用できないよ」
男は少し早口になって、畳み掛けるようにユウに言った。
ユウは何か言おうと口を開きかけるけど、勿論喋らせて貰えねぇ。それだけの隙を貰えねぇ。
「信用できるかどうか、ボクが何なら確かめてあげる。ここに呼びなよ。ホントの恋人なら来てくれるでしょ? ああ大丈夫、昔の恋人です、とか名乗ったりしないよ。でもそうだな、親友と名乗るくらいは許してくれる?」
って。
横で聞いてて、ムカついてくる。
つーか、最初の一声聞いた段階でムカついてたけどな。
オレは今度こそ立ち上がった。
「信用できねーヤツで悪かったな」、と、目の前でズバッと言ってやろうかと1歩近付く。
けど、オレがヤツの背後に立つより、ユウが大声を出す方が早かった。
「あ、あの人を侮辱するなっ! あの人は、キミと違う! オレに、うまいこと言って物買わせたりしないし、払わせたりしない。貯金がいくらあるかとか、給料がいくらとか、そんなことも訊かない。お金、貸してとも言わない。誠実で、優しい。オレを、大事にしてくれる!」
「だから、それは……」
男がまた何か言おうとしたけど、それを封じるようにして、ユウがさらに言った。
「キミとは違う! あの人に会って、それから今日キミに会って、オレ、ようやく分かったんだ。彼はキミみたいに、ズルそうなウソツキの目、してないよっ!」
かつての恋人を、まっすぐに見つめて。ユウがもっかい、キッパリと言った。
「ウソツキ!」
ウソツキって呼ばれた男は、反論しようとしたんだろうか、首を振りながら息を吸い込んだ。
けど、もう、何も言わせたくなかった。
ソイツにも。ユウにも。
もう1歩近付くと、ユウとようやく目が合った。やっぱ、今まで気付いてなかったらしい、大きな目を見開いて、驚いたみてーな顔された。
そのユウの視線を辿り、男の方もオレを振り向く。鋭い視線を向けられるけど、余裕の笑みで見返してやった。
「まあ、そういう訳だから。ワリーけどユウは返して貰うぜ、ウソツキ君」
オレはそう言って、そのテーブルの真横に立った。
男を思いっきり見下しながら、樹脂の筒に丸めて入ってる、コイツらの伝票を左手で抜く。ついでのように、薬指のリングを見せつけんのも忘れねぇ。
「言っとくけど本物だぜ? まあ、そんな高ぇモンでもなかったけど、いくら何でも2000円はねーよ」
はははっ、と笑ってやったら、男の顔が赤くなった。イイ気味だ。
「さ、出るぜ、ユウ」
伝票2席分をひらりと振って、オレはユウを促した。
ユウも「うん」と即答して立ち上がる。
最後に、ユウが男に言った。
「Au revoir à jamais」
なんか聞き覚えがあるような気がしたけど、やっぱ、何言ったのか分かんなかった。
でも、店を出るまでも、出てからも、ユウが決然とあっちに背中を向けたままだったから――これで全部終わったんだな、と、何となく察した。
「オレの方もさっき終わった」
オレは、デパートを出て銀座の街を歩きながら、ユウに言った。
何が、とは言わなかったけど、多分言わなくても通じたんだろう。ユウは短く「そっか」つって笑った。
「オレも終わったよっ」
「ああ、知ってる。つーか、ワリー、全部聞いてた」
オレが軽く謝ると、ユウはボンッと一気に赤い顔になったけど。
「だから、今からケータイ買いに行こうぜ」
そう言うと、「うんっ」と明るくうなずいて、嬉しそうにニカッと笑った。
その後は、うちに帰ってあの赤ワインで乾杯しようか? ユウは来てくれるだろうか?
ガキみてーにドキドキしながら、恋人候補の青年を見つめる。
順番がいろいろ逆だけど、まずは「好きだ」と伝えたかった。
(完)
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