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地下鉄6号線、ビラケム、地下鉄6号線、ビラケム……と呪文みてーに唱えながら、なんとかビラケム駅、シャン・ド・マルス公園まで到着した。
東京の地下鉄に比べりゃ、そう複雑でもなかったけど、アナウンスがまず聞き取れねぇし。頭ん中のカタカナの地名と、街のフランス語表記が全く一致しねぇ。
土地勘もねぇんでハラハラした。
けど、迷わずに無事到着した。人間何でも、やってみりゃ案外やれるもんだよな。
満足感に浸りながら、塔の間近まで歩いて行く。
当たり前だけど、やっぱ人が多い。
つーか、展望台に並ぶための行列がスゲエ。
なんか、階段で上がってく猛者もいるみてーで、怖くないんかな、と見てる分には楽しかった。
それにしても、もう6時だっつーのにまったく陽が暮れる気配がねぇ。
時計の時間設定間違ったか?
ライトアップは日暮れから始まるったって、その日暮れはいつなんだ?
スマホで検索を――と一瞬思ったけど、いやいや、と思い直す。
電源入れただけで、着メロがきっとスゴイ事になるんだろうな。
メールも電話も、今は何も見たくねぇ。考えただけでウゼェ。
いっそ全部を着拒にするか。いや、着信履歴が目に入らねーように設定できんなら、それが一番いーんだけど。
気を取り直して、公園を歩くことにする。
ガイドブックにはそういや、間近だけでなく遠目でも見てみようとか書いてたな。
色んな場所から見るエッフェル塔は、それぞれ表情が違うとか。富士山か、って感じだが、せっかくなんで道路を渡り、公園をちょっと行ってみる。
なんとか宮から見る眺めが絶景だ――とかどっかで読んだ気もするが、その「なんとか宮」を覚えてねーんだから仕方ねぇ。
緑の多い公園だ。結構広い。人も多い。芝生んとこで寝ころんでる連中もいる。
観光客だけじゃなくて、地元民からも愛されてんだなぁって感じだ。
公園はまだまだ続いてっけど、大きな道路で分断されてるとこで、オレは一旦足を止めた。
正直に言うと、飽きた。
横断歩道を渡りながらも、足取りが重くなる。
ちっとも空は暗くなんねーし、公園ばっか見てても仕方ねーし。噴水をぐるっと回り込みながら、どうすっかな、とちょっと悩む。
ここで「やーめた」つったって、誰にも責めらんねーのが自由だ。
最悪ライトアップは諦めるつもりで、戻って土産物屋でも見に行くか。
噴水越しに見たエッフェル塔は、十分遠目にキレイだし。
エッフェルブラウンつーんだっけ? 東京タワーみてーに赤に塗ろうって計画もあったらしいけど、断然こっちの色の方がイイ。
スマホ使えりゃ写真撮ってもいーんだけどな。
と――噴水のある池を1周し終わりかけた時。すぐ向こうで、不安そうに周りを見回してるヤツがいんのに気が付いた。
日本人かな? 猫のように大きなつり目が、印象的な青年だ。
眉を下げ、泣きそうに目を赤くして。そいつは手元の写真を見ては、ぐるっと周囲を眺めてる。
誰かを探してるんだろうか? 連れとはぐれたか?
でも、なんで写真?
オレが黙って見守る中、そいつはしばらく写真と周囲とを見比べて――ぽろりと大粒の涙をこぼした。
ハッとした。けど、動けなかった。
そいつは頬を手の甲でぬぐって、それから、持ってた写真を勢いよく破り始めたんだ。
大きな道路沿い、風通しのいい広い公園。川も近くて。
青年がビリビリに破った写真は、その手元から風にあおられ、道路の向こうへと飛んでいく。
けど彼は、その破片の飛んでった先を見なかった。
見ねーように前を向いてた。
その視線の先には、エッフェル塔が立っていて――オレがぼうっと見とれてる間に、そいつは横断歩道を渡って、しっかりした足取りで去ってった。
どんな写真を破ってたんだ?
何の意味があったんだ?
風に巻かれて飛んで来た写真の破片を拾い上げても、ほとんど何も分かんなかった。
ただ、破ってる最中に落としたんかな、彼の立ってた辺りに1枚だけ、破ってねぇ写真が地面に落ちてた。
風に飛ばされねー内にと思って、つい駆け寄って拾い上げる。
「あ……」
見ると、男が写ってた。さっきのヤツとは違う、黒髪の東洋人。
上半身裸で、笑顔で、カメラに向かって手を差し伸べてる。まるで「来いよ」とでも言ってるみてーに。
けど、何よりビックリしたのは、その背景だ。
男が座ってるダブルベッドは、ベッドカバーが赤と金、で。その後ろに見える壁紙は、白地に薔薇が描かれてた。
写ってねーけど、多分、大きな窓のカーテンは豪華な赤と金なんだろう。カーペットはモスグリーンで。窓からはきっと、パリの街並みが近くに見える。
オレが今日から泊まるホテルと、明らかに同じ部屋だった。
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