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翌日のベルサイユ宮殿でも、あの青年を見かけた。
ドキッとした。
そいつの手にあんのは、日本語の無料ガイドでもパンフレッドでもなくて、やっぱ写真で。
せっかくの豪華な内装も、見事な庭園も、まるでスルーしてフラフラと歩いてる様子は、あんま観光客っぽくはなかった。
他の観光客と違って、あんまキョロキョロしてねぇっつーか……写真に写ってる場所を探し歩いてるみたいな感じ?
内装に興味ねーのかな?
それとも、何度も来た事があんのかな?
フリータイムなのをいいことに、オレはこっそり彼をつけた。
そいつはオレには全く気付かず、また寂しそうに写真を見ながら、時々泣いてるようだった。
やっぱ、声はかけらんなかった。
宮殿の中は観光客で溢れてたけど、みんなそれぞれ見学に夢中で、誰もそいつの涙になんか気付かねぇ。
大柄な白人のおっさんとぶつかった時にも、ぶつかった拍子に持ってた写真を落とした時にも。一言二言話してたみてーだけど、やっぱ泣き顔に気付かれてはいなかった。
チャンスと思って写真を拾い上げてやったら、「Merci」って言われた。
キレイな発音。
日本人じゃねーのかな? 日本語で「いえ」つっても通じるか?
けど、結局何も返せねー内に、彼はまたオレに背を向けた。
拾い上げた拍子に見た写真には……宮殿をバックに2人の男が写ってた。
1人は彼で。もう1人は勿論、あのホテル写真の男だった。
ホテルに帰ってからも、あいつのコトが頭から離れなかった。
おととい拾った写真をじっと見る。
やっぱ、この部屋だよな。内装は各部屋ビミョーに違うハズだし。
家具の感じも、それからベッドヘッドの上に掛かってる油絵も、何もかも一緒だ。――4つ星ホテルの、グレードの高いダブルの部屋。
カメラに向かって手を伸ばし、誘うように笑ってる東洋人は……日本人かな? 服着てねーし、写真だけじゃ分かんねーけど。
撮ったのは彼だろうか?
こいつ、恋人?
じゃあ、こいつらゲイなのか? まあ、フランスって何か、多そうなイメージだよな。
あの青年は一通り庭園をフラフラと歩いた後、トラムっつったっけ、広い公園によくあるパークトレインみてーな乗り物に乗って、どっかへ移動してっちまった。
オレはそれには乗らなかった。
パンフ見る間もなかったから、どこ行きなんか分かんねーし。集合場所から離れんのも怖かった。
大勢の観光客と一緒に彼を乗せた、シンプルなパークトレインを、見えなくなるまで見送った。
胸の奥がモヤモヤする。
なんでこんな、名前も素性も知らねーヤツのことが気になるんだ。
あいつが誰を想おうと、どこで泣こうと、全くオレには関係ねーのに……考えただけでモヤモヤする。
「美人って訳でもねーのにな」
新しい出会いの予兆にしちゃ、あまりにイレギュラーだろうと思う。だって男だし。
はあ、とため息をつき、大きなキャスター付きトランクを開ける。
宮殿で適当に買ったばらまき用土産を、さっさとトランクに積み込むためだ。
まとめて大量に買ったのは、ベルサイユって感じの豪華な表紙のついたメモ帳。パッと見派手だが、中身が無地だったし、実用的だろう。
母親には薔薇のジャム。
親父と弟には、また後日ワインでも買って送るか。
仲人やってくれた上司にも、ワインでいーんかな?
そんで……向こうの両親、には……別に何もいらねーんだろうか。
連鎖的に、結婚相手のことを思い出す。
何の未練もなくなってんのも驚きではあったけど。今の今までちらっとも思い出さなかった、そのことにも驚いた。
4日目の朝は、のんびりと過ごした。ツアーの予定もねーと、時間気にしねーで朝メシが食える。
フランス料理に限られるせいか、日本のホテルの朝食ビュッフェに比べると品数が寂しい。けど、クロワッサンやモッツァレラチーズなんかは美味かった。
ツアーに参加しなくても、地下鉄に乗れることは初日で分かったし。のんびりと観光地を行ってみるつもりだ。
ガイドブックを熟読し、地下鉄チケットを用意して、まずはルーブル美術館を目指す。
ベルサイユ宮殿と同様、大して興味はなかったけど、だからこそ余計に今、行っとくべきなんかも知んねぇ。
あの青年に会えんのを期待して……なんて理由でもねーと、1人じゃまず行きそうになかった。
地下鉄1番線、「パレ・ロワイヤルなんとかルーヴル駅」……と唱えながら降りる、パレ・ロワイヤル・ミュゼ・デュ・ルーヴル駅から徒歩30秒。
定番だけあって、やっぱ観光客が多い。
チケット売り場があるっていう「ガラスのピラミッド」はすぐに分かった。
当たり前だけど、スゲー行列。
でも、並ぶのは苦じゃなかった。オレは人の流れに乗ってチケットブースへと歩きながら、あのふわふわした黒髪の頭とネコのようなつり目を、人混みに探した。
でかい彫刻の並んだ中庭を抜けて、メソポタミア文明、エジプト文明、ミロのヴィーナス、サモトラケのニケ……。有名な見どころを目指して、足早に移動する。
けど、どの彫刻の前にも絵画の前にも――不安そうに周りを見回し、哀しそうに写真を見つめる、あの青年の姿は見られなかった。
スゲー偶然がたまたま続いてただけだって、分かってたけど、がっかりした。
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