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ノートルダム・ディ・ロレット通りは、ノートルダム・ディ・ロレット教会のすぐ前に出る、ノートルダム・ディ・ロレット駅から行けるらしい。
地下鉄7番線。こうまで繰り返されると、イヤでも頭に入っちまう駅で降りて、まずはその教会を探す。
一目見て「あれ?」と思ったのは、雰囲気がちょっと違うせいだ。
周りの白っぽい街並みに比べて、妙に茶色っぽい。
でもそんな観光地っていう感じじゃなくて、すぐ前には車やバイクも路駐してあるし、見学者もダラダラとその辺に座り込んでる。
内装や宗教画も他とは違うらしーけど、その辺にはあんま興味なかったから、立ち寄ったりはしなかった。
教会のすぐ横の道を奥に入ると、横断歩道を渡った先に随分庶民的な通りがあった。
2車線一方通行の狭い道。歩道もビミョーに狭い。
白っぽい壁の、5~7階建てくらいのアンティークなビルがずらっと並んでんのは相変わらずだけど、その下に看板を掲げてる店が、なんか生活感に溢れてる。
果物屋とか、雑貨屋とか……薬局とか。
そこを歩く人間も、みんなまるで普段着を着てて、旅行者よりも明らかに住人の方が多そうだった。
ああ、けど、こんなとこにも日本語の看板がある。
そば屋? うどん屋か? 「月見」と書かれた木の看板の店からは、つゆのニオイが漂ってた。
マカロンの店に行ってから、覚えてたら帰りに寄るか? でも、2日続けて日本料理もな……。
そんなことを考えながら、引き返そうと1歩後ろに下がった時――目の前の横開きの格子戸が、ガラッと開いた。
「あ……」
作務衣を着た店員が、オレの顔をみてビクッと立ち止まる。
人がぼうっと立ってんのに驚いたんだろうか?
オレも驚いた。
バカみてーに口開けて、店員の顔を凝視する。
「いらっしゃい、ませ?」
日本語でそう言って、オレの顔を引き気味に覗き込んだ店員は――オレが昨日さんざん探した、ネコのような大きなつり目の青年だった。
別に腹は空いてなかった。
なのに「どうぞー」と柔らかく言われて、ついふらっと店ん中に入っちまった。
まだ昼メシにはちょっと早いだけあって、客はオレだけだ。
「ご旅行ですか?」
店員がそう言いながら、テーブルに水を置いた。
メニューをみると、うどん屋だったみてーだ。
かけうどん、ざるうどん、天ぷらうどん……カレーうどんもある。もちろん、カレーも。
ざるうどんを注文すると、青年はカウンターの奥に向かって、「ざる一丁」と声を上げた。
彼が奥に引っ込んでから、ズボンのポケットを探る。
その中にはマカロンの引換券と、例の写真が入ってた。
テーブルに置いて弄びながら、写真どうするかな、と、ちょっと迷う。
あの店員は、オレがおとといベルサイユ宮殿で、写真を拾ってやった人物だとは全く気付いてねーようだ。
それまでも、あちこちでニアミスしてたとか、夢にも思ってねーんだろう。
自分があちこちで、泣きながら写真を破ってるとこ……じっと見られてた、なんてのも知らなそうだよな。
思い出すのは、寂しそうな泣き顔。途方に暮れたような下がり眉。
破った写真を風に散らして、涙をぬぐい、決然と去ってく真っ直ぐな背中。
オレの知らねぇどこかで、またそうやって泣いてんじゃねぇかって心配してた。途方に暮れたような顔で、パリの街をさ迷い歩いてんじゃねーかって。
でも彼は、笑顔でこうして働いてる。
オレの心配するコトなんか、何もなかったみてーだ。泣いてねーじゃねーか。よかった。
よかったけど……何か、気が抜けた。
だったらもう、わざわざ「拾いました」なんて届ける必要もねーか。
どうせ、破って捨てるんだし。オレが代わりに破っちまってもいいだろう。
ゴミだ。
そう思って、写真を裏向けた、その直後。
「お待たせしましたー」
少し高めの柔らかい声と共に、そいつが戻って来た。
ことん、と静かにうどんとつゆの載った盆が、テーブルに置かれる。
「あ、これ……」
店員が白い手を伸ばしたのは、地図付きのマカロンの引換券、で。
「この店、1本向こうの通りですよー」
そんな風に笑顔で外を指差され、オレはつられて顔を向けた。
頬がこわばる。
裏向けた写真がひらっと落ちたのにも、とっさに反応できねーで。拾い上げようと手を伸ばす前に、作務衣の手がそれを拾った。
落ちましたよー、とは、言って貰えなかった。
だってそれは、彼が落とした写真で――。
「こ、れ……っ」
青年は真っ青な顔で絶句した後、ヒッと鋭く息を呑んだ。そして次の瞬間、引き戸から走って出て行った。
「ユウ君?」
カウンターの奥から、同じく作務衣を着たおっさんが不審そうに顔を出す。
どっかで見たような顔のおっさんだけど、よく分かんねぇ。
何があったのか目で問われても、答えらんねぇ。
オレの知らねーとこで、泣かねーで欲しいと思ったのに。オレが泣かせてどうすんだ?
こんな写真なんか、やっぱさっさと捨てればよかった。
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