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「どこに行くの?」
「…今日の昼間、事故があった事は知っておるか」
「え?」
事故?
「その様子じゃと知らんようじゃな」
「ご、ごめん…」
「謝る必要はない。…これから向かうのはその事故があった場所じゃ」
「…その事故っていうのは、どういう事故だったの?」
「車と人間が接触したのじゃ」
「えっ。そ、その人は無事なの?」
「いや。即死しておる」
「…っ」
そんな…
痛ましい事故に、両親が死んだ時の事を思い出す。
俺の両親は、スピード違反でパトカーに追いかけられていた車が信号を無視して横断歩道に突っ込んできた事で亡くなった。
あの時、俺は両親と一緒にいた。けれど、気が付いた時には父さんは母さんと俺を、母さんは俺を庇う形で倒れていて。
何度呼びかけても目を覚ましてくれない両親を前に、俺は――
「――け、宗介!」
「…っ!」
八代君の声にはっと意識が戻る。
いつの間にか俯けていた顔を上げれば、足を止めて俺の顔をじっと見ている八代君がいて。薄紫色の瞳に映る自分の顔は、酷く情けない顔をしていた。
「ご、ごめん。何でもないよ」
「…真(まこと)か?」
「うん」
大丈夫だと示すために笑ってみせる。
「…ならば良いが。もし――」
八代君が何かを言いかけたその時、
「? ど、どうしたの?」
ピタリと動きを止めた八代君が突然、俺を庇うように背に隠した。
戸惑う俺を余所に、八代君が暗闇の一点を見つめて口を開く。
「盗み聞きとは感心せんな、白炎(びゃくえん)」
暗闇で何かが蠢(うごめ)いている気配がする。けれど、見ようとすればするほど目が霞んだようにそこだけがぼやけてしまう。
「いい加減出てきたらどうじゃ。それとも何か?未だにワシが怖いのか?」
「っ、貴様…!」
「何じゃ、図星か?」
「誰が貴様など…!」
「違うというならばさっさと姿を現して用を済ませれば良かろう。ワシも暇ではないのでな」
「…チッ」
挑発するようにそう言い放った八代君の言葉に、白炎と呼ばれた相手が悔し気に舌打ちをする。
すると、次の瞬間、ぼやけていた暗闇の一部がずずず…と形を成していき、次第に白く輝き始めた。
そして、暗闇の中から現れた存在に俺は思わずぎょっとした。
「減らず口は相変わらずのようだな」
何故なら、人の背丈ほどある白い蛇がずるりと姿を現したのだから。驚くなという方が無理な話だろう。
「へえ、そいつが件の人間か」
ちろちろと長い舌を出し、無機質な赤い眼が不躾に八代君の後ろにいる俺を見やる。
けれど、直ぐにその視線を遮るように八代君が間に割って入る。
「お主に付き合っている暇はないと何度言えば分かる。さっさと要件を言え」
睨み合う両者の一触即発の空気にハラハラしてしまう。こ、この二人、仲が悪いのかな?
「何だ、つれないな。紹介ぐらいしてくれても良いんじゃないか?」
「各所への通達はもう既に終わっておるはずじゃ。…まさか、主(あるじ)からの言葉を聞き逃したのではあるまいな?」
「…貴様、俺を愚弄する気か?」
「先程のお主の言い方ではされても仕方がないじゃろうな」
しれっと言い返す八代君に、白炎さんの赤い眼が鋭さを増す。
その迫力に思わず八代君の服を掴むと、ふと薄紫色の瞳と目が合った。
でも、直ぐに逸らされて。八代君は再び白炎さんと向き直った。
「お互い時間が惜しいのは同じじゃろう。それとも『その姿』でワシと争うか?」
八代君がそう言うと、白炎さんは憎々しげに一つ舌を打ち鳴らした。かと思えば、その長い体躯が淡く光り始めて。
俺は眼を細めずにはいられない程だったけれど、八代君は平然としていたので思わず二度見してしまった。
そうこうしている内に光量は減っていき、光が消えると同時に現れた人物は、着流しを着た上背のある大柄な白髪の男性だった。
一瞬、誰?と思ったが、透き通るように白い肌の所々に鱗のようなものがある事に気が付いた。もしかして、さっきの白蛇さん?
「…これで満足か?」
「そうじゃな。最初からそちらの姿でおれば無駄な問答(もんどう)も要らんかったじゃろうな」
再び、両者の視線がバチバチと交わる。ここまでくれば疑いようもなく仲が悪い事と、その声が先程の白蛇さんと同じ声だったので目の前の男性が白蛇さんと同一人物だという事も確信した。
「…主様からの言伝(ことづて)だ」
暫く続いていた睨み合いだったが、意外にも先に口火を切ったのは白炎さんの方だった。
「『北東風(きたごち)吹きし野にて、来たる宿世(すくせ)の縁(えにし)邂逅(かいこう)為(せ)む』。…俺たちはもう一体の捜索を命じられている。貴様も務めを果たすんだな」
「…言われずとも、そのつもりじゃ」
八代君がそう答えると、白炎さんはこれで用は済んだとばかりに踵を返す。
「…ああ、そうだ。おい、そこの人間」
「え、あ、はいっ」
そのまま去るのかと見ていたが、唐突に話しかけられ、反射的に返事をしてしまう。
白炎さんはそんな俺を振り向いて一瞥すると、
「精々(せいぜい)死なないようにその『擬(まが)い者』」に守ってもらう事だな」
「…え?」
まがい、もの?
「あのっ、どういう――」
意味ですか?と聞くよりも早く、白炎さんは再び暗闇の中へと消えていったのだった。
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