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九重が去ると、俺は漸く薄紫色の球体の中から出る事が出来た。
「逃げましたか。では、私はこれで失礼します」
「ま、待って下さい!」
踵を返し、森の中へと戻っていこうとする鬼羅さんを咄嗟に呼び止める。
「何ですか?」
「さっき、相田さんの魂が回収不可になったっていうのはどういう意味ですか?」
「そのままの意味ですが」
「で、でも!悪霊化しても黄泉(よみ)送りの鈴とか使えばあの世へ送れるんですよね?なら、何で――」
「何故も何も、あれは通常の悪霊とは違うからですよ」
「え…」
「おや、もしや何も教えていないのですか?」
鬼羅さんが八代君に問いかける。隣にいる八代君を見れば、目が合って。けれど、直ぐに逸らされてしまう。
「事情は知りませんが、彼にはきちんと説明しておいた方が良いと思いますよ。では、私はあの世に戻ってやる事があるので」
「失礼します」と言って、鬼羅さんは今度こそ夜の森の中へと去っていった。
「あー…俺たちも主様に報告があるんでな」
気まずそうに頬をかく白炎さんに、俺はぺこりと頭を下げた。
「…おい、擬い者」
「………何じゃ」
「俺は貴様が嫌いだが、別にその人間は嫌いじゃねえ」
「………」
「守るなら、少しは知識を付けさせとくのもそいつのためだと思うぜ」
すれ違いざまに八代君にそう言うと「じゃあな」と白炎さんたちも去っていった。
ひゅうと少し冷たい夜風が、俺と八代君だけになった野原に吹く。
草木を撫でていく風の音は、さっきまでここで戦いが繰り広げられていた事など無かったかのようにさえ感じさせる。
「…ねえ、八代君」
「………」
「俺、知りたいよ。何で悪霊になった相田さんがあの世に行けなかったのか。九重があんな事を言ったのか」
隣に立つ八代君の表情は目深く被ったフードで分からなかったけれど、深く吐き出された吐息で「分かった」と了承してくれたのだと悟った。
「…前に話したと思うが、通常、魂は肉体が無くなればこの世と隔てるものが無くなり徐々に擦り減っていく」
「うん、覚えてるよ。その過程で悪霊になっちゃう人もいれば、ただ消耗して消えちゃう人もいるんだよね?」
「そうじゃ。じゃが、ここで問題になるのが『穢れ』じゃ」
「けがれ?」
「穢れは、この世の生きとし生けるものが持つ負の感情から発生するものじゃ。そして、剝き出しの魂は穢れをこの世に留(とど)まる限り蓄積していき、悪霊へと変化する事もある」
「…悪霊になった魂はどうなるの?」
「基本的に死者の魂はあの世からの迎えの者――鬼によって回収される。例えその魂が彷徨(さまよ)っている間に悪霊と化していたとしてもじゃ」
「じゃあ、鬼羅さんは…」
「相田の魂の回収を担当しておった」
「…その話だと回収する魂が悪霊でもそうじゃないにしても回収されるんだよね?」
「そうじゃ。『普通の悪霊』ならば、じゃがな」
「? 悪霊に違いがあるの?」
「ある。いや…九重のせいで出来てしまったと言うた方が正しいじゃろうな」
「え?」
どういう意味だろうかと目を瞬かせる俺に、八代君は薄紫色の眼を向けた。
「今より五百年前、九重が誕生した事によりワシは創られた。ワシの主な役目は無論九重の魂を回収する事じゃが、『九重によって』悪霊と化した魂の処理も含まれておる」
「ちょ、ちょっと待って。九重は人の魂を無理やり悪霊にする事が出来るって事?」
恐る恐る聞く俺に、八代君は首肯した。
「九重の式神は魂を食らう事で力を増す。式神の一部にされた魂は永劫囚われ続け、その苦しみを式神の動力源として搾取され続ける。故に、奴の式神は負の感情である穢れの塊なのじゃ。また、生者が式神の攻撃を受ければ、瞬く間に魂が黒く穢され、悪霊と化し、生きながらにして死の苦痛を味わった末に死ぬ」
「お主も覚えがあるじゃろう」と。
その言葉に九重の式神に左肩を貫かれた時の事を思い出す。俺、あの時悪霊になる所だったんだ…。
俺は偶々『浄化の力』が魂にあったから助かったけど……って、あれ?
「相田さんは九重のせいで悪霊になったから、鬼羅さんは回収不可だって言ったんだよね?」
「そうじゃ」
「じゃ、じゃあさ、さっき九重のせいで悪霊と化した魂の処理もしてるって言ってたけど…それって具体的には?」
「…それを聞いてどうするつもりじゃ」
見定めるように俺をじっと見つめる八代君に、俺も負けじと見つめ返す。
「白炎さんが言ってた通り、俺は知らなさ過ぎると思うんだ」
無知は罪という言葉があるように、俺はきっと知らなきゃいけない。
「………生者の場合であれば、息を引き取る前にワシが殺す」
「………」
「そうすれば、少なくとも『九重によって』殺された事にはならん。魂は悪霊化しておるが、まだ九重のものではない。従って、直ぐにあの世へと送れば輪廻の輪を経て転生する事が出来る」
「…それが、もう死んだ人の魂だった場合は?」
「手遅れ、じゃな。式神ごと消滅させるしか、もう打つ手はない。いや…無かった」
「…俺の『浄化の力』だよね?」
「………」
「もし、もしだけどさ、俺がこの力をちゃんと使いこなせてたら相田さんを助けられた?」
「…仮定の話は好かん」
そう言ってふいっと視線を逸らした八代君に、やっぱりと気が付いてしまう。
「そっか、やっぱりそうなんだね」
「っ、お主とて被害者じゃろう…」
確かに、誰がしたのか、いつ完全に解けるのか分からない封印を魂に施されているこの状態に振り回されている俺は被害者なのかもしれない。
けれど、それでも思わずにはいられないのだ。
もっと早く自分が置かれている状況を知っていれば、相田さんと必要以上に接触しなければ、もっと早くにこの浄化の力を『使いこなす』という考えが浮かんでいれば違う未来があったんじゃないかって。
どこか他人事のように感じていた。けれど、無知は罪だ。知らずにいた、知ろうともしなかった俺の罪。
「ありがとう。やっぱり八代君は優しいね」
「…お主、」
「早く八代君の神様の所へ行けるように頑張るね」
何か言いたげな八代君の言葉を遮って、笑ってみせる。
今の俺に出来る事はこれくらいだから。
八代君の迷惑にならないように、足手纏いにならないようにするから。
だから、君はいなくならないで―――。
【第三章 完】
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