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第七章 ③
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けれど、夢であったのならザークは怪我をしていないし、青年にも出会わなかったことになるのだ。
「僕は内科が専門ですけどね。外科に行って、この力を見せるわけにもいきませんから。カウンセリングも専門外ですが、お役に立てるようなことがあればいつでもどうぞ。話しを聞くくらいしかできませんがね。それでも、誰かに話せば楽になることもあります。僕のオーラは、あなたにとってわかりやすい目印でしょう」
最後まで爽やかに言って、青年はザークの傍を離れる。
「待ってください。お名前を伺っても?私はアイリザークと言います。ザークと呼んでいただけたら」
離れてしまう優しさに、ザークはあわてて待ったをかける。まだ、離れてほしくない。リグがまだ……。
「ザークさんですね。僕はタチナ(立名)です。発音しにくいと言われるので、仲間内ではもっぱらファミリーネームですけどね。ナカジョウ(中条)といいます。それでナカと呼ばれていますね」
彼は立ち止ると、わかりやすいようにゆっくりと名前を発音した。
「タチナと呼んでも?」
彼の人間の仲間とは違うザーク。
否、彼にとっての異国の地であるここで、彼の特別になりたかったのか……。
「かまいません。ザークさんが発音に困らなければ」
やはり彼はやわらかい笑みで返す。
ザーク自身のいつもの、に戻れるような……そう、ザークとタチナはよく似ていた。
柔らかく笑んで、相手を優しく包み込む。
ザークもそうしてきていたのに。
疲れた思考が鈍り、いつもと違う自分になって、さらにザークは混乱した。
「引き留めてすみませんでした。それから、治療ありがとうございました」
いつものザークの微笑み。
戻れたのはタチナのおかげ。何度もお礼を言いたい衝動にザークはかられる。
「いえいえ。困った時はお互い様。という言葉が日本にはあるんです。ゆっくりと考える時間も必要ですよ。今はあなたの笑顔が見れて良かった」
やんわりと笑い、会釈をしてタチナはその場を去って行った。
残されたザークは、リグの事を思いその場に立ち尽くす。けれど、先程まであった焦燥感はもうどこにもなかった。
シアンは一体どういう意図で、彼を連れて空間移動したのか……。
アイリスの言うアイツとは、一体誰なのか……。
考えても、答えなんて見えないものばかりだなと、ザークは思う。
リグと合流しなければ……と。
「シアン!!」
「なんていうかさ、暇なんだよね」
ビルの屋上。
冷たい風を受けながら、抗議の声を発したリグを、シアンは全く気にした風もなく、独り言のように言葉を綴る。
「暇になるとさ、関係ないことにも手を出したくなるんだよね。それがおもしろそうなことなら特に。俺は闇に染まり切れないし、狂気に狂えない。それなら、周りがそうなって行くのを見るのは楽しいじゃないか」
シアンはリグを拘束している訳ではない。
行こうと思えば、遠くに切り離されたザークの元まで行ける。
けれど、動けなかった。
「アイリスを……」
「それは俺じゃない」
リグの言葉は途中でシアンにさえぎられた。
「残念ながら、それは俺じゃないんだよね。そこまで悪じゃないよ、俺は。まぁ、今回のことに関しては、……そうだなぁ、色んなところで手は出してたかもしれないけどね」
笑うシアン。
固まるリグ。
何が起こっているのか、理解するのは難しいことに思えた。
「何を……何をしてたんだ?」
リグの詰問。けれどどこかそれは震えていた。
「君は光が近くにある。だから狂わない。俺にも光がある。約束とした光が。だから狂わない。アジスタは知らないけど。まぁ、アジスタだから放っておいても大丈夫なんじゃないかなー」
「そんなことじゃなく……」
シアンの返答に業を煮やしてリグは声を荒げる。
「わかってるって。本当に短気だねぇ」
ため息まじりのシアンの返答。
「ザークは光だから狂わない。ザーク自身が光なんだからね。それは君の方が良く知っているのか。ねぇ、じゃあ、アイリスは?君は考えたことがある?アイリスがどうやって正気を保っているか、なんて」
話していくシアン。表情は笑ったままで、残酷なことをリグに突きつける。
「君がさ、ザークを、光をアイリスから奪ったんだ。ねぇ、どうやって正気を保てるんだろうね?今まで、何年生きてきた?」
息をのむリグ。
アイリスとはよく会っていた。
ザークを挟んで、けんか仲間と言ってもいい相手だった。けれど……。
「いつから……」
かすれているリグの声。
「さぁ?どうだったかな。そんなに一緒にいた訳でもないからね」
返答を避けるシアンに、
「気付いてたんだろ?!」
リグの怒鳴り声が上がる。
「そうだね。気付いてた。だからアイリスのしたいようにさせてあげた。だってしょうがないだろう?アイリスを助けられるのは俺じゃない」
狂気にのまれたのはアイリス。
追い込んだのはリグ。
止めなかったのはシアン。
気付けなかったのはザーク。
傍観者はアジスタ。
誰が悪い?誰が止められた?誰が……。
リグはザークがいる方へと走り出した。
シアンは止めない。
「彼女が闇を選んだ瞬間に、もうすでに宿命付けられてたこと。誰にも止められない。流れに逆らわずに、……逆らうだけ無駄なこと。彼女が選んだ道を、誰かが違えさせるなんて不可能だ。狂った時間は元には戻らないのだから……。戻すことはもう不可能。決められたレールの上の列車はもう走り続けていた。彼らが気付くのが遅れただけだ。誰が悪いとは言えない。誰が悪いわけでもないんだろうね。流れていく宿命を運命として、変える努力さえ無駄なこと。気付くのが早かったとしても……彼女は闇を選んだのだから、選んだ時点で歯車は狂気に廻りだしていた――――」
シアンの独り言は、聞く者のないビルの屋上で、風に流されて虚空へと消えて行った。
残ったのは空虚な世界だけ。
シアンさえも、いつの間にかその場から消え去っていた。
月は雲の隙間から柔らかな光をそそぐ。
その光で狂う闇人など知らぬ気に。
世界の移り変わりを、遠い場所から眺めていた……。
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