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春、出会い、そして…… 第四章 ②
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「亜希羅さん?」
事務所に入って、勇は硬直した。
母が亡くなる前に、友人と言って自分に紹介してくれた女性がそこにいたから。
「勇君。久しぶりだね」
おだやかに笑う彼女は、昔のままだ。
母さん、仲間って、亜希羅さんたちのことですか?
心の中で勇は母へと問いかける。
「こっちに座りなよ。昼食べながら話そうぜ」
既に宅配は届いていたらしい。太一がソファの方へと手招きする。
テーブルには色々なものが並んでいた。
「勇君の嫌いなものは食べなくて良いからね」
オードブル形式で頼んだらしい。お皿は人数分すでに用意されている。
亜希羅にもおいで、と言われて、勇の体はやっと動いた。
「あ、お金……」
お昼代を出していない、と勇は言い出す。
「そこは気にしないで良いから。ほら、座って」
亜希羅に隣に座るように言われて、財布を出せずそのまま座ることになる勇。
「そういえば、正さんは?」
一人姿がない。
聖が問いかけ、
「いつもと逆なの。私が事務所にいて、正兄さんがでかけてるの」
亜希羅が少しおどけて答える。
「昼はここにいるメンバーで食べててだってさ」
秀はソファにはいない。普段自分が使っている机に、すでに皿に盛った昼を確保して、そこに座っていた。
目は、パソコンの画面だ。
「秀はそっちで食べるのか?」
少々呆れた感じに聖が言うと「今調べ物中」と簡潔な秀の返答があった。
つまり、調べ物とやらに夢中過ぎて、皆と食べる余裕がないらしい。ことによると、秀の机に置いてある昼も、もしかしたら太一が盛って、持って行ったのかもしれない。そういうところは気を利かせられるのだ、太一は。
「ほら、章も秋人も座れ」
太一に言われ、二人も座る。
どうやら、秋人はやはり勇との距離を掴みあぐねているらしい。
普段他人を寄せ付けないが、それが仲間となると別なようだ。そこは本当に秀と似ている。
ただ、他人に心を簡単に開かないから、距離が開き過ぎてそのままになりかねないのは、秋人の方が懸念される。秀は大学へ入ってから、どこか吹っ切れたように変わったのだ。他人に対しての警戒心が、多少薄れた。
だから、調べ物をしているという秀を、わざわざ途中でやめさせてこの輪に入れとは言わない。
だが、秋人は別だ。この輪の中に入れなければいけないのだ。勇を仲間だと認知させる為に。
そこを秋人もわかっているのか、むやみに反発はしない。
太一もわかっていて、秋人と章を一緒に呼んだ。そういう気が利くのに、何故純には我が儘放題になるのやら、と聖は思う。
「さて、と。泉林の四人と私は自己紹介必要ないわよね。秀と太一は自己紹介」
亜希羅が場をまとめる役を買って出て、二人に自己紹介をさせる。
「柚木太一。聖兄とは従弟。あ、亜希さんとも従弟か」
ややこしい、と呟くように言う太一。
人懐っこい顔で笑っている。勇を緊張させない役割は、太一も一役買っているかもしれない。
「中条秀。亜希姉の弟」
一瞬だけパソコンから目を離し、勇を見て言葉を発する秀。
前までなら、パソコンを見たまま自己紹介していただろう秀。変化はこんなところでも現れているのだなと亜希羅は思った。
正が秀を大学へ行かせたいと言った時、亜希羅は何かが変わる予感がしたけれど、いい方向に変わった弟を見て、柔和に微笑んだ。
姉の笑みを目の端に捉えたのか、秀は仏頂面になってしまったが。
「はい。じゃあ、勇君の番ね」
亜希羅は、秀に構いたくなるのをこらえて、勇に言う。
突然振られた勇は、戸惑いながらも、自己紹介か、と声を発する。
「村越勇です。お願いします」
何をお願いするのだと自分でも思いながら、勇は頭を下げた。
でも、この人たちが仲間だというなら、お願いするのは間違いではないのか?などと、自問自答している勇。
「ま、詳しい話はご飯の後にしましょ」
さぁ、食べましょうと亜希羅は言い出し、純が皆に皿を行き渡らせたり、章が飲み物を取り出したりし始める。
気遣いの人だらけだな、と聖は思いながら、秀へと声をかけた。
「足りなかったら言えよ」
と。
聖も気遣いを忘れない人である。
「ただいま帰りました」
普段は滅多に聞かない言葉だ。
正があまり事務所の外へ出かけることがないからであるのだが。
あれから、わいわいとお昼を食べ、既に食後の休憩である。片付けは純と章が二人で分担してやっていた。皿も綺麗に洗い終わった後だ。
コーヒーやら紅茶やら、それぞれの趣向に合わせた食後のティータイムになっている。
勇はすでに馴染んでいた。亜希羅の存在が大きかっただろうが、ムードメーカー的な太一もなかなか話しの振りがうまかった。
太一とは正反対で、あまり社交的ではない秀と秋人も巻き込まれて、わいわいがやがやとしていた。
秀は調べ物が終わったのか、食後にはソファの住人となっている。
「正兄さん、お帰りなさい」
それぞれがお帰りなさいを口にする。
正は和やかになっている事務所内に、優しい笑顔を見せた。
一人所在なさ気に新たな人物の登場に、どうしようかとしている勇を見る正。普段自分が使っている机に荷物を置くと、彼に歩み寄った。
「君が村越勇君だね。私はここの総責任者とでもいうべきかな、そんな立場にある中条正です。亜希羅の兄にあたります」
柔らかい笑みをたたえたまま自己紹介し、勇に握手を求める。
「はい。村越勇です」
勇はそう言って、握手に応じた。正の手は暖かく、勇に安心感を与えた。
「正さん、昼は?」
聖の問いに、
「済ませましたから、大丈夫ですよ」
と答えながら、ソファに座る正。
給湯室へと消えていた太一がコーヒーを持って現れ、正に渡す。
「あぁ、ありがとう」
受け取った正は、太一に礼を言って笑う。気が利く従兄弟たちだ、と。
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