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君が消えた、夏 第一章 ①
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勇はこの家にだいぶ慣れてきた。
泉林の寮も、自炊する必要のある寮で、学校を決めてから施設で働く人たちに、自炊に必要なものをたくさん教えてもらえていたから、苦労はなかった。
「泉林の寮と同じような扱いだと思ってくださってかまいません」
初めて会った正に言われた言葉がよみがえる。
同じようなって。生活はたしかに同じかもしれないけれど、部屋は格段に違う。
家族でも住めるような広い部屋。
でも、勇には寂しいとか思っている暇はなかった。
学校に慣れなければならない。学校が終わった後や休日は、今まで知らなかった力についての勉強や実践だ。
暇な時なんて、ありはしない。
力について初めて知って、じゃあ同じようにやってみよう、なんて軽く言われて。
最初の内は、少しでも力を自分の体に溜めただけで、とてつもなく疲れていた。
けれど、そんな勇をちゃんとわかってくれる仲間たち。今日はこれくらいにして、どんな力があるか学ぼうか、と提案してくれたりして。だから、勇は気怠さを次の日まで持ち越すこともなく、普通に学校生活もおくれていた。
「勇君、学校行くよー」
屋上の鍛錬所で、瞑想するのが日課になっている勇を迎えにくるのは、同じ一年生の章だ。
章と勇は、毎日一緒に登校する。
二年生の秋人は、生徒会の仕事とかで、先に行くことが多かった。でも、三人で登校することもまれにある。章と一緒に秋人も迎えに来てくれるのだ。下校もそんな感じだ。秋人が、一緒に帰れる時は章にメールが入るので、校門か生徒玄関で秋人と落ち合う。
三年生の純は、有名人になりつつあることからの配慮で、保健医の聖の車での登校だ。下校も聖の車で下校になるので、一緒になることはない。徹底したプライバシーを守るための対策である。
「おはよう、章」
瞑想を解いて、章のいる方へ向かう。
早起きは得意だから、学校へ行く前にも鍛錬ができて良いと勇は思っている。
「おはよう、勇君。毎朝早いけど、大丈夫?」
聞いてくる章は、勇の体調を気にしてくれているのだろう。
勇はまだ、自分の力をうまく使いこなせていないことを自覚している。だから、鍛錬は欠かせないのだと思って、普通にやっていたのだが。
「早起きは苦痛じゃない。それに、次の日に怠さが残るような訓練も、まだしてないから」
そう答える勇、章はすごいね、と笑っている。
同い年で、気楽に話せる章がいることに、勇は少しほっとしている。が、あまり章といすぎると、秋人から睨まれてしまうので、そこは要注意だ。
「お、今から学校か」
下へ向かうエレベーターの中。
一階に着く前に開いたドアから入って来たのは、大学生の秀だった。朝はあまり出会う事のない人物だ。
大学の始まりの時間と、高校とでは差があるらしく、滅多なことでは朝の登校時間に姿を見ない。
「はい。秀さんも?」
章が答えている。秀は違うと頭を横に振った。
「レポート書いてたんだが、部屋にあるノートパソコンが小さいからやり辛くてな。事務所で続き書こうかと思って」
もう一台、大きめのノートパソコン買おうかな、と思案顔の秀だ。
言われてみれば、学校へ行くような大きい鞄は持っていない。
レポートとか、大学生って大変そうだな、と思う章と勇だ。
「ネット回線があるのは、楽に調べ物できて良いんだけどな」
そう言って、秀は二階で降りて行った。
「ネットとかよくわからないんだよね。秀さんすごいなぁ」
そういう章は、携帯もメールか電話しか使わない。
良くわからなくて、変なサイトとかを見てしまうと恐いからだ。なんか多額の請求が来たりするとか、よく言われてるし。
「俺もそういうのはあまりわからないな。携帯もメールと電話ができれば良いと思ってるし」
勇の考えも同じらしいことに、章は笑う。「だよね」そう言って。
一階のロビーを突っ切って、二人は公共道路に出る。
泉林に近いこの場所は、すごく便利だと思う。
「秀さんよく、情報収集とかパソコン使ってやってるんだよね。本当に、どうやったらそういう情報わかるんだろう、って思うよ」
勇も秀がパソコンをよく見ているのは知っている。
情報収集、と言っているのも聞いたことがあるし、そもそも初めて事務所に来た時も、秀は「調べ物」と言ってパソコンの前にいた。
怪しい場所には自分で行ってみないと確証は得られない、とも言っていたが。そういう怪しい場所というものを、どこから仕入れてくるのかが謎である。
「情報屋の知り合いがいるとかも聞いたが、どうやってそういう人たちと出会うんだろうな」
秀の謎を二人で話しながら、歩き続ける。
登校時間なので、泉林の生徒がちらほらと見える。
朝練などの部活の人たちはもっと早くに学校へ行くので、この時間に学校へ向かっている人たちは、章たちと同じく部活動をしていない人たちだろう。もしくは、朝練のない部活に入っているかだが。
章も勇も部活動はする気なく、入っていない。
「勇君て、中学の時は何か部活してたの?」
そう聞く章は、勇を見上げている。
体格の良い勇は、運動部に入っていたと言われても頷ける。
「空手部入ってた。なんか、強くなりたいって思って」
そう勇が答える。確かに鍛錬の実戦形式だと、勇は何か型があるように見えていた。
秋人なんかは我流なので、攻撃の突然性があり、勇は苦労しているように見える。秋人自身にも、型を出したら攻撃がどうくるか丸わかりだ、と言われている勇を見ている。
「でも、今はやってなかった方が良かったのかな、って思ってる」
勇はその秋人との実戦形式の鍛錬を思い出したのだろう。
「やってて損なことなんてないよ。正さんも、勇君は綺麗な型だなって褒めてた」
章に言われて、勇は「そうだと良いけど」と苦笑する。
正が鍛錬の場に現れるのはあまりないので、勇が気付かない間に来て、気付かない間に去ってしまっていたのだろう。
「僕なんて、そういうのには向いてないから、羨ましいよ」
章はそう言うが、章の結界のすごさは勇は体験済みだ。どんなに力を込めても、破ることは出来なかった。
ちなみに破れるのは正か秀くらいだ、と言っていたのは亜希羅だ。
亜希羅は勇があの事務所のあるビルの住人になってから、以前よりよく事務所に顔を出すようになったらしい。それは聖が言っていた。
広い校庭で、野球部の朝練の声がしている。
あの時のあの校庭の惨状は、すでに跡形もなくなっていた。
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