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君が消えた、夏 第一章 ③
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「すみません。聖さん。毎日毎日」
聖と純は、毎日聖の車で学校へ行く。帰りも聖の車である。
「行くところも、帰る場所も一緒なんだ。気にするな」
聖は、有名人というのは大変だな、と思う。
まぁ、どこの学校に通っているかは知られているだろう。だから、車で登下校なのだ。追っかけ等に、捕まらない為の対策だ。
それに、泉林にはこっちの方が近いからと、太一とともに事務所に戻ってきている。あの事務所を一般に知られるのも、避けたいことなので。
純は早くに学校へ着き、遅くに帰ることになってしまうのだが、そこはうまく活用しているらしい。
朝は、図書室の開く時間になると、保健室を出て、図書室に行っているようだ。
放課後は、もはや保健室の住人になっているが。保健室で音楽を聞きながら歌詞を書いている。
目立つ外見をしているから、同学年どころか下級生に捕まっているところもしばしばみる。
青い髪は、隠すことをあきらめたらしい。
スプレーでの黒染めも、ただ髪を傷めるだけになってしまうので、太一が駄目だとか言っていた。
柔和で優しい雰囲気の純は、眼鏡をかけることで周囲に壁を作っていた。
だが、その黒縁眼鏡さえ似合ってしまっているのだから、どこまで壁を作れているのやら、と思う。壁があるなら、下級生には捕まらないだろう、とも思うので。
「あー、純さんだ!」
職員駐車場から、生徒玄関へ向かう途中だろう純に、声がかかっている。
ほら、壁になってない。
多分、純は対応に困っているのだろう。知らない人間が自分のことを知っているというのは、なかなか恐ろしいものだ、と聖は思った。
聖は保健医だから、知らない生徒が自分を知っていても当たり前だと思っている。
だが、純はそういった意味で知られているのではないのだ。だから、対応に困るのだ。
この時間に学校へ来ているということは、朝練のある運動部の連中だろう。
「朝練に来たのでしょう?行かないと遅れますよ」
なんて純の声が聞こえた。
その優しい物言いが、下級生たちをつけあがらせているのだと、純はわかっていないのだ。
「えー、純さんお話ししましょうよー」
数人いるのだろう。女の声もする。
聖は校舎に入らずに、声が聞こえる範囲にいるまま、状況を把握する。
純がどうしようもなくなったら、出て行くかという思いから。
「俺は、少し用事があって、早くに学校へ来てるんです。すみません」
どうやら、自分に用事があるから、と場を去ろうとしているようだ。
だが、そこで謝ってしはっては、意味がないのだ。どこまでも物腰のやわらかい優しい先輩になってしまう。
たいていのことなら、許してくれる、と思わせてしまう。
「それに、自分のすべきことを放り出して、他のことをしている人は、好きにはなれません」
きっぱり言い切った純の声を聞いて、あぁ、これなら大丈夫か。と聖は思う。
部活をしに早くに学校へ来たのに、その部活を放り出している下級生たち。痛烈な一言になったのだろう。
「ごめんなさい」
という謝る声が聞こえ。走り去る音も聞こえる。
聖は、さすがに前生徒会長だっただけはある、他人がどうやったら動くかを良く把握している、と思いながら職員玄関へ向かいだした。
自分がそこまで心配する必要性は、どこにもなかったな、と。
「また、絡まれてたな」
生徒玄関から、保健室までやって来た純に、聖は声をかける。
純は少し顔をしかめた。
「聞いていたのに、助けてはくれないんですね」
と。
多分純は、聖がその場の見えない位置に立っていて、聞いていたことに気付いている。
感知能力の高い純だ。気付かない方がおかしい。
「ちゃんと自分で撃退しろ。毎度毎度、助けられる位置にいるとは限らないからな」
校舎内でも捕まっている姿を見はするが、助けてはいない。
「近くにいても、助けてくれたこと、一度もないじゃないですか」
純はやはり気付いていたらしい。捕まっている純を、見ているだけの聖に。
「まぁ、ああいう時は、本当にお前がどうしようもなくなったら、出て行こうという理由でその場にいるんだよ」
そんなことになったことは、今まで一度だってありはしない。
うまい具合に、相手を把握して純は切り抜けている。
「だいたい、しっかり対処できてるだろ、お前は」
不満を言う純を、宥める聖。
「まぁ、直すとしたら、その言葉遣いだな。優しいから、下級生はつけあがるんだ。逆に同級生は、太一のこと知ってるから、絡んでこないだろ」
たしかに、一つ上の太一がいた頃は、純のすぐ近くに太一がよくいて、純の同級生を純に近寄らせなかった。
それが今でも生きていて、同級生にはあまり絡まれないのはたしかだ。
「太一のようにしろ、とは言えないがな」
あれはただ、我が儘なだけだ、と聖は言う。
太一が泉林にいた去年まで、純の傍にいたのは、太一が純とともにいたいという、我が儘を貫き通したにすぎない。
純に、他人といさせるのが嫌だという、太一の我が儘を、純が受け入れて、ずっと一緒にいたのだ。学年が違うのに。
だからこそ、先輩である太一に睨まれた一部の純の同級生は、今でも純と話すことを恐れている、と言っても過言ではない。
「言葉遣いなんて、今更直せませんよ」
出会った頃から、変わらない純の言葉遣い。
始めは子どもらしくないと思ったが、その言葉遣いに慣れてしまえば、太一のような荒っぽい言葉を遣う純は想像できない。
「ま、それもそうか」
そう聖は笑い、自分の仕事に向き合った。
純は、読書をするべく、本を取り出している。
今はまだ、図書室は開かない。
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