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歯車は廻り出す ③
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「ここで良いだろ?」
恭が聞いた場所は、まだ森の中だった。
ただし、少し開けている場所。
柔らかい日の光が円形に降り注ぎ、この場所は他より少し明るかった。
「否、どうだろ。大丈夫だとは思うんだけど……」
俺は少しだけ逡巡する。
木に影響が出ないように、と考えると……。
トンッ
軽く地を蹴り、俺は空中に浮いた。
家族の中で誰よりも高く飛べ、誰よりも空中に留まれた力。
これなら、木を薙ぎ倒す心配もない。
多少地面に跡は出来るだろうが、まぁ、ごめんなさいという事にしたい。
「へぇー」
素直に感心しているような恭に、少しだけホッとする。
今までの会話で、恭がかなり強い力を持っているのがわかったから。だから、精霊がいるんだろうし。
「コレなら、周り傷付けたりすることないからさ」
言った俺に、地面を差す恭。
地面に下りて、その場所を俺も見る。
「これは、仕方ないというか、……ごめんなさい」
軽く蹴ったつもりだったけど、戻って見たら、えぐれた跡がやっぱり残ってた。
地面に謝る俺に、青海が微笑んだ。
「大丈夫ですよ。地霊は怒っていませんから」
その言葉にホッと息をはく。青海が言うなら、間違いはないだろう。
「お前、いつもそうなのか?」
恭に問われて、俺は何が?と恭を見る。
「地面に謝るのが」
言われて、たしかに変な行動だったと自覚する。
今は霊能力者である恭や、龍神である青海がいる為に、青海の言った地霊というモノがいるのだと、わかる。が、二人に会うまでは、知らなくて当然の事で。実際俺には見る事が不可能なモノのわけだし。
「祖父ちゃんが、精霊信仰っていうか、アニミズムの精神の人だったからさ。木とか命有るものには、神が宿ってるって。祖父ちゃんは実際には見てない人だったけど。でも、だからなのかな。傷つけたら謝るっていうのが、普通だったんだよ。見えないけど、ごめんなさいってさ」
祖父ちゃんの友人に、青海みたいな精霊を連れた人がいたのかもしれない。今はもう聞けないし、わからないけど。
「アニミズム……」
聞き慣れてない単語だったのか、恭が復唱する。
「自然界のあらゆるモノに、霊魂・精霊・神が宿っているという考えです。神道は、アニミズムが、仏教・儒教等の影響を受けて、理論化されてできた宗教ですね」
さすがに長生きしている龍神は、物知りだった。
というか、……。
「龍神が宗教について語るのは、何かおかしい気がする」
恭の意見に賛成だ。
まぁ、俺も詳しく話せないから、助かったけど。
「そうですか?」
やんわりと聞き返す青海に、恭はおかしいと頷いている。
「ま、それはそれとして。圭吾って、藤圭吾か?」
その辺は流すことにしたらしい恭が、唐突に俺のフルネームを当ててきた。
「そうだけど?」
何故、名乗ってもいない苗字を言い当てられるのか。大変不思議なことである。
そんな能力も有ったりするわけ?
「ネットに名前が出ているからな。今年の新入生あいさつ人として」
たしかに、新入生のあいさつはするけれど。
まさかネットに名前が載るとか、思ってもいなかった。
ネットが見れないのは、とっても嫌な気分だ。知らない所で、自分の名前が公開されているのは、いかがなものかと思う。
「帰るか」
考え込みだした俺を放って、恭が歩き出す。
「待て待て待て待て。俺を置いて行くな。こんなとこで迷子になったらシャレにならない」
慌てて歩き出す俺を、恭はちゃんと待っててくれた。
意外と良い奴かも。
「恭の苗字は?」
共に歩きながら、恭に問いかける。
俺だけ知られているのは、何か変な気分になるから。
「泉ですよ。泉恭史郎が正式な名前です」
恭が答えるより先に、青海からの返答が有った。
「あおー」
何でお前が答える?と言わんばかりの恭に、
「何で恭っていう略称しか教えてくれなかったわけ?」
と俺が問いかけた。
「恭史郎って、なんか嫌なんだよ。昔の人間みたいな名前じゃん」
何やら子供っぽい理由が返って来た。
否、俺も恭もまだ子どもだけど。
なんていうか背伸びしてても、こういう部分がやっぱり出ちゃうのは、本当にまだまだ子どもって証なのかも。
「親が付けてくれた名前だろ?」
「そうだけど。良いんだよ。親も恭って呼ぶから」
親のは単なる略称呼びなんだろうけど。俺だって、圭吾と父は呼ぶけど、母は圭ちゃんと未だにちゃん呼びだし。
あれこれ他人の家のこと言える人間でもないし、まぁ、そこは流すしかないよな。
「恭ってさ、森の中でも迷わないんだな」
だから、別の話題にしても、問題ないだろう。
ずっと思ってた疑問でもあるし。
「あぁ、俺はこの近くに住んでるからな。子どもの頃の遊び場にしてたから、ここ」
「へー」
だからか。
結界抜けるのに失敗して、迷わず森の中に入って行ったのも。さっきの少し広い場所に案内してくれたのも。
子どもの頃からここにいたのなら、迷う訳がないのだろう。
もしかしたら、精霊のおかげもあるのかもしれないけど、そこは俺にはわからないことだから。
俺の家の近くには、森なんて無いから、ここは結構俺には新鮮な場所だ。
「圭吾の家は、海の近くですか?」
ふいに問われて、青海を見上げる。
「そう。小さい島。海に囲まれてる孤島ってとこかな」
どうして、海の近くだとわかったのだろう。
そう思いながら、返事をした。
「あおは、海の守龍だから、海には詳しい」
恭が解説してくれた。なるほど。俺に海のにおいとか、付いてるのかな。
「海と人の、です。私の守る海は、この場に近い海だけですが。圭吾の家の近くの海を守る、守龍の気配がありますから。圭吾の持っている海の香が、彼の気配も纏ってます」
やんわりと恭の言葉に訂正を入れつつ、青海はより詳しく解説してくれた。
俺はなるほどと、頷くことしかできないでいる。
「守龍どおしでの交流は、あんまり無いよな。ってことは、秀さんとこの海?」
恭の問いに、青海は頷いている。
「そうです。來雅の海です」
二人だけがわかる会話が、繰り広げられている。秀さんって、誰。
「秀さんは、俺みたく龍神を精霊に持ってる人で、來雅はあおと同じ龍神。一回だけ会ったことが有ってさ。今大学生だったと思うんだけど」
俺の心を理解したのか何なのか、恭が俺にわかるように説明してくれた。
「ずいぶん年上の知り合いなんだな」
俺には、そういう知り合いはいない。
感覚がわからないし、何より話しが合うように思えないんだけど。どうなんだろう。
「んー、秀さんはさ、俺の兄貴たちより頼りになる人だからさ。悩みとか相談できる相手だし」
同種の精霊を持つことが出来た仲間で、お互いに理解し合えるのかな、と俺は推測するしかない。その人について語る恭の表情は、柔らかいものだった。
「俺の場合は、家族ぐるみで能力集団だからな。悩み相談は、親父で充分だったな」
それでも、俺の力は安定してないんだけど。
そう言った俺に、恭は苦笑を返してきた。
「親父は力無いんだよな。兄貴たちも。母親は一応有るんだけど、俺とは種類が全く違うから。相談相手って言ったら、死んじゃったじい様か、あおくらいだったからさ」
だからあおが、秀さんに会わせてくれたんだけどな。
家族内で一人だけ、か。また俺のわからない感覚だな、そう思った。
「恭って、今まで意外と大変だった?」
「否、あんまり大変だとか、思わなかったな。俺の力知ってるのは、巫女の母親と、一番下の弟だけだし」
その一番下の弟も、力が有るということだろうか。というか、
「何人兄弟なんだ?」
三人兄弟なら、兄貴たち、一番下の弟。こんな言い回しはしないだろう。
「五人。俺はど真ん中。圭吾は?」
子どもの多さに、少し驚くものの、何となくわかる気がする。
「俺は二人」
普通だろ、というように答える。
「上だろ」
質問ではなく、もう確定事項というように、恭が言った。俺は素直に頷く。
長男の性格そのものだ、とよく言われる。自分じゃわからないけど。
恭は、上と下に挟まれたから、我が強い性格なんだろうな、とかも思ったりするけど。
「兄弟の数や順番で、性格が決まるとか思ったことないけど。やっぱり有るもんかな」
ちょっとした疑問だ。
「さぁ?けどお前は、面倒見良いだろ。一歩間違えばお節介になるくらいに。俺の一番上の兄貴がそうだからな」
知らないけど、近くにいる長男と俺を比較した結果だったらしい。
「お節介と言われたことは無いが。気付いたら他人の面倒見てることは、よく有る」
「やっぱりな」
無意識で行ってる行動だったのだけど。恭は納得したらしい。
いつの間にか、森の出口に近付いていた。
もう少し歩けば公道に出るのだろう。森の中の道ではない道とは違い、ここは一応舗装された道になっていた。土の道だが。
「こっちが駅。まだ先だが、歩けるだろ。迷いはしないぞ。一本道だからな」
公道に出た所で、左側を差す恭は、どうやら逆方向へと行くらしかった。
森の中ではさすがに迷うが、こういう公道に出てしまえば、迷ったことが一度も無い俺は、初めての場所でも全く不安はない。恭が一本道だと言ったことも、不安にならない要因だっただろうが。
「あぁ、サンキュー。またな」
「あぁ」
俺も恭も、軽い挨拶で別れた。
一週間後の入寮日。それが、またなの先だ。
それから先は、きっと毎日でも顔を会わせる相手だろう。クラスは違うけど。
霊能力者クラスと、超能力者クラスというクラス分けをする高校だから、クラスが違うのは知っている。
どこか素っ気ないし、無愛想な相手だったけれど、二度と会いたくないとは思わなかった。
周りが離れていくと言っていた。でも、俺には今一よくわからないでいたのだ。
結局お前と呼び続けられたし、自分勝手だとも思いはしたけれど。だから何だ、という気分だった。
恭が、一歩間違えばお節介だと評した性格故か、特別に恭が我が儘であるとか、思わなかったのだ。どちらかと言えば、自分の知らないことを知っていて、話していて楽しい相手だった。俺はそう感じた。
やはり、学校見学に来て正解だったな。
学校そのものは、見れなかったけど。面白い人間に出会えたのだから。
とりあえず、友人がすでに出来たということを報告すれば、母も少しは安心してくれるだろう。
全寮制の高校を受けると言った時は、高校の特殊性から賛成したのに。入寮日が近付くにつれて、不安だと口にし始めた母。
まぁ、俺の気持ちは変わらないし、今更違う高校へと移ることもできないから、あきらめてもらうしかないのだが。
またも取り留めなく考えながら、電車と船を乗り継いで家に帰り着いた。
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