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流れゆく風 ①
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寮の部屋が決まった新入生は、自由に校舎等を歩いて良い。
入学式より前に、自身が必要だと思える場所を歩いて回れる、丁度良い時間になる。
という訳で、泉恭史郎は自身の精霊である青海を連れて、校庭を歩いていた。青海は、今回は人に簡単に見えるようにはしていないので、恭一人が歩いているように見えてしまうかもしれない。わかる人にしか、わからないのだ。
同室の藤圭吾は、入学式のあいさつ文とともに、教員室だ。新入生の挨拶をしなければならない圭吾は、部屋が決まった瞬間に、色々な指導があるからと、教員室に呼ばれていたのだ。
おかげで同室になったというのに、恭と圭吾が会話できるのは、朝食・昼食・夕食時と、夕食後寝るまでの間だ。
「暇だ」
部屋の片づけは一日で終わっている。圭吾のいない今の時間は、恭にとってその一言に尽きる。
「圭吾に付いて行けば良かったのでは?」
青海が言うように、圭吾は「一緒に来るか?」と恭に聞いていたのだ。教師と知り合えるし、一人でいるよりは面白いことがあるかもしれないだろう、と。
けれど、
「あいさつ文の指導を受けている隣に居ても暇にはかわりないし。教師に声をかけられても面倒だ」
と断ったのは、恭自身だ。
この時期の新入生は、まだ相方探しをしている人間がほとんどだ。恭たちのように、すぐに寮へと入った新入生は少ない。その少ない新入生も、自分の相方とのやりとりに時間を割いている。
在校生はあちこちで見かけはするが、新入生に声をかけてはこようとしない。
恭自身、新入生だろうと在校生だろうと、声をかける気がないのだから、自然一人になってしまうのは、仕方ないとも言える。ある意味自業自得だろう。
「おや?君は結界抜けを失敗していた子どもだね。龍の精霊を連れてる」
ふいに後ろからかけられた声に、恭はギョッとして振り向いた。
結界抜けの失敗は、知られていないハズだった。
「そんなに警戒しないでくれるかな。結界抜け失敗は、その時に捕まらなきゃ、減点対象にはならないんだからさ」
恭が180度体ごと振り向いた先にいたのは、色素の薄い茶髪の青年だった。
ニコニコと笑う顔は、恭には軽薄そうに見える。
体を覆うオーラは、髪と同じように、色素の薄い闇色……。
「あんたは?」
恭は年功序列の礼儀を無視した。
一目で人外とわかるモノが、何故ここにいるのだ?と。
青海も静かに立ってはいるが、全身で警戒しているのがわかる。
「だからそんなに、警戒しないでほしいんだけどねー。俺はここの英語教師だよ。ラミュエールだ。あぁ、先生やミスターを付けてくれるとありがたいかな。ついでに言うなら、先の二つより、デュークの方が俺には馴染み深いんだけどね。あー、それで、……I'm a Vampire」
笑顔でペラペラしゃべる為に、恭は最後の一言を聞き逃すところだった。
「ヴァンパイア?」
「そうだよ。ヴァンピール・ヴァンピーアでも良いけど。まぁ、それは国によっての発音の違いだけだし。君は解っているみたいだったからねぇ。否、解っていない子たちにも、そうやって自己紹介するんだけど。笑い飛ばされるのがおちでね」
たしかに、解らない人間は笑い飛ばしそうだ。圭吾とか……豪快に笑い出しそうだ。
「それで?何ですか?」
教師と言う事を聞き逃さなかった恭。一応丁寧語のようにはなっているものの、結局礼儀はなっていない。
「否、ただね、暇だなーと思っていたら、君を見付けたわけだよ。だから声をかけてみただけだったんだけど。ここまで警戒されるのは、計算外だったかなー。龍君にもね。俺のオーラ、完全な闇じゃないの、わかるでしょ?」
困ったように笑う、教師ラミュエール。
恭と青海は顔を見合わせ、こちらも困った顔をする。どう対応したら良いのか、わからないのだ。
「進化したヴァンピーア?!」
三人の間を切り裂いたのは、高く鋭い女の声。
三人して声のした方を見たら、声を発しただろう小さな精霊。と、十字架を大事そうに胸に抱えた少女と、驚いたように立ち尽くしている少女の二人。
「進化した、ね。言い得て妙だよ、小さな精霊。そっちはエクソシストのお嬢さんかな。もう一人はエスパーみたいだね。小さな精霊には見えているみたいだけど、龍君を視認してはいないみたいだね」
おやおやと。笑みを崩さないままに、ラミュエールは言う。
言い当てられたのに驚いたのか、十字架の少女は息を飲んだ。立ち尽くしていた少女は「龍?」と小さく呟いた。
「あお」
呼んだ恭に呼応して、青海が普通の人間にも見えるように姿を現す。
驚いたのは、今まで青海を見ることのできていなかった、少女二人。
青海が見えるようにするかどうか、迷わなかったわけではない。が、ラミュエールが龍がいると言ってしまった手前、見えるようにした方が良いだろうと、判断したのだ。
「何を和やかに!何であんたみたいなのがここにいるのよ!!ヴァンピーア!」
小さな精霊は、甲高い声でわめく。
どうやら、恭とラミュエールのやり取りは、和やかにしているように見えてしまうらしい。
「体が小さいから、声も高いのかな?頭に響くよね、その声。ちょっとうるさいかな。手のひらサイズで凄まれても、全く怖くないし。まぁ、力も知れてるし……。あぁ、その姿が本来の姿なんだから、仕方ないのだろうけど。それで、なんでここにいるか、だっけ?教師だからだよ。先生、ミスターとかを付けてくれるとありがないね。俺的にはデュークでも良いんだけど。あー、自己紹介がまだか。俺はラミュエールだよ。うん、それで、当てられてしまったから、肯定の意味を込めて、I'm a Vanpire」
一気に話すラミュエールに、毒気を抜かれてしまい、恭も少女二人も黙り込んでしまう。
「なんであんたを、公爵なんて呼ばなきゃなんないのよ!」
一人小さな精霊は、変わらずわめいている。
青海は、静かに事の成り行きを見守っている形だ。
「何でって、もらったからさ。公爵の称号を。まぁ、大昔の話しだけどね」
ニッコリ笑っているラミュエールは、攻撃的な精霊を自身が言った通り、全く意に介していない。
「ところでね、名前を聞いていないんだよ」
俺は名乗ったよ?とラミュエールは五人を見渡す。
噛みついたのは、やはり小さな精霊。
「あんたなんかに名乗りたくないわ!教師?ヴァンピーアが?あり得ないわ!」
「ひどく嫌われてしまったようだね。どうでも良いけど。エクソシストのお嬢さんは、ドイツ人かな?」
やれやれとラミュエールは、小さな精霊から視線を外して、少女を見る。
「え、あ、は、はい。そうです」
驚いたのと、慌てたのと。少女はどもりながら答えた。
正確には違うわけだが、ドイツ人の血を引いているのには変わりないから、良いだろう。
「リラ、こんなのに答えなくて良いのにっ」
「リラちゃんね。覚えた。そっちの君は?」
小さな精霊の言葉に、ラミュエールは即反応し、もう一人の少女に問う。
小さな精霊は、自分の失態に気付き、パクパクと口を動かしているが、言葉にならないようだ。
ヴァンパイアは闇の存在。精霊はその正反対の光の存在だ。相反するモノに出会い、頭に血が上ってしまったことによる、失態だったのだろう。考えるより先に、言葉が出てしまっていたようだ。
ラミュエールが、リラをドイツ人だと断定したのは、彼女の連れている小さな精霊が、彼をヴァンピーアと呼ぶからだ。ヴァンパイアをドイツ語にすると、ヴァンピーアとなる。正しくはスペルも違ってくるが。
「美南玲奈と申しますわ。ミスターラミュエール」
玲奈は冷静を装い答える。
実を言うと、状況の把握は出来ていない。
今朝までの部屋にある、今朝までの相方の荷物を当人に持って行ってもらって、二人で部屋の片づけをした。その後、春の日差しで暖かくのんびりできそうな校庭に、二人で出て来たのだ。
リラに付いている精霊と挨拶をし、のんびりと過ごしていたのだ。ついさっきまでは。
「レイナちゃんね。それで、君は?」
小さな精霊にはお構いなしに、ラミュエールは今度は恭へと問いかけた。
「泉恭史郎。恭で良い。こっちは青海」
苗字ではなく、名前で呼ぶラミュエールに、恭史郎と呼ばれたくはない恭は、愛称呼びを彼に告げた。
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