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流れゆく風 ③
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「ねぇ、リーン。あの人は本当にヴァンパイアなの?」
寮の部屋に戻り、扉を閉めた瞬間。言葉を発したのは玲奈だった。
質問の先は、小さな精霊リーン。
ずっと質問をしたかったのだけれど。リーンは黙り込んで、答えてくれそうになかったから、部屋に戻るまで我慢したのだ。
「そうよ。リラも見たでしょう。あの禍々しいオーラ」
リーンは心底嫌そうに玲奈に返し、リラに確認する。
思い出すのも嫌そうだ。
「え、ええ。でも、完全な闇の色ではなかったわ」
リラはどこか戸惑ったように、リーンに返している。
オーラの色は、ちゃんと見えていた。けれど、今まで見たことの無い色だった。闇色でもなく、光が少し闇に染まったような色でもなかった。リラは困惑しているのだ。
「だから、進化したヴァンピーアというのよ」
リーンは、リラと玲奈に強い口調で話す。まだあのヴァンパイアと出会った興奮が、抜けていないのだ。
対している二人は、困惑したままリーンを見返している。それほどまでにリーンが忌み嫌う訳が、エクソシストであるリラにも、よくわからないでいるのだ。
「わからないわ。……光の中で生きられるヴァンパイアというモノが、わからないもの」
ヴァンパイアは、太陽の光を嫌うのではなかったのか、と。
玲奈は超能力者だ。霊能力者としての能力は皆無だから、リーンが何をどう忌み嫌っているのかが、そもそもわかっていない。
あのラミュエールと名乗った教師は、玲奈には人間にしか見えていない。
だいたいはそうだ。
霊能力者たちは、お互いが同業者だとわかるが、そうでない者たちには、霊能力者はただの人間にみえる。否、それは超能力者も同じだが。霊能力者たちは、同業者はわかるのだ。そこが超能力者たちと違う。
が、その霊能力者たちも、力が備わってないと、同業者もわからなかったりする。
「そうね。玲奈はエクソシストではないから。簡単に言うとね、あのヴァンピーアは、人間とヴァンピーアの間に産まれたヴァンピーアなの。だから光の中でも、生きていけるようにできてるのね。半分は光だもの。だから私たちはああいうのを、進化したヴァンピーアと呼ぶのよ」
リーンはなんとか玲奈に理解できる言葉を選んで、玲奈を見つめながら話す。力が違うから、理解できなくて良い。という考え方ではなく、知りたいと言うのなら、答えられるだけは答えよう。自分の知識を与えよう。そういう考えの持ち主のようだ。
「だからオーラも、完全な闇の色ではないの?」
リラにとっても、リーンは色々教えてくれる存在のようだ。
リラはまだエクソシストの卵。孵化さえしていないのだ。だから、玲奈のようにわからないことだらけであり、それを補うのがリーンだ。
それ故に、リラはリーンが玲奈へ返事をするのを、しっかりと聞いていたのだ。
「そうね」
リーンはリラに簡単に頷いてみせる。
リラはリーンと共に生きて来た。だから、簡潔な答えでも、リーンが面倒がっている訳ではないことをわかっている。リラがちゃんと理解できることをリーンはわかっているから、簡潔で簡単な答えなのだ。
「なんだか、可哀想な気がするわ。だってそれはつまり、光にも闇にも属せない、ってことでしょう」
玲奈が静かに呟いた。
自分が『さとり』と呼ばれて、祖母から嫌われていたことを、玲奈は思い出していた。自分はちゃんと母から産まれた母の子だ。でも祖母は、玲奈の超能力者としての力を知ると、玲奈を突き放したのだ。まだ小さく、誰かの手を借りなければ生活できなかった頃の話しだ。
自分は一体何なのだろう。もう少し大きくなってからの疑問だが。今もずっと玲奈の心の奥底には、その疑問が横たわっている。
「玲奈のそれは、同情だわ。同情では、誰も救えないのよ」
リーンは冷たいともとれる言葉を言う。
それは仕方ない。リーンは玲奈の過去を知らないのだから。玲奈はリーンを、冷たいと考えることはしなかった。
詰るならば、自分の過去も話した後だと玲奈は思うのだ。その上で、光にも闇にも属せないことの哀しみを知ってもらった上で、である。
でもそれは、今話す気はない。玲奈自身が、心の折り合いを付けられていないのだから。
「だからって、あの人が死ぬべき……いなくなるべき人だと言うのは、おかしいわ。死すべきことが、救いになると言うの?」
代わりに、彼の援護になろうと思ったわけでもない。ただ、玲奈は自分の思ったことを、心にしまっておくべきことと、そうでないものがあることを、わかっている。今は思ったことを、内に秘めることではないと思っていた。
「ヴァンピーアには、それが救いなのよ」
リーンの声は冷たい。
それ以外は無いと突き放して、頑として玲奈の言葉を聞き入れない、と。
「それは極論だわ」
玲奈の口調も、段々と尖ったものになっていく。
けんかをしたい訳ではない。玲奈だってわかっている。教師だと言った彼と、自分は全く違う。ここでリーンとけんかをしたところで、意味はないのだ。
「二人とも。……それは、答えが出ないことなのだと思います。決めるのは、あの人自身であるべきですから。何もしないのであれば、あの人が生きていることを否定してはいけないと、私も思いますけど……」
リラの小さな声が、玲奈とリーンの尖りかけた空気を和らげた。
けれど、リラの言った言葉は、玲奈の意見と同じだった。
「でもヴァンピーアだもの。何もしないなんて、あり得ないわ。人を襲うモノだもの、そういう生き物なのよ?!」
リーンは二人に、声を大にして言いつのる。
どうしても、リーンには受け入れられない存在なのだ。
なのに何故、二人は寛大に受け止めようとしてしまうの?と。
「でもね、リーン。私はエクソシストとしての力の要素が有るだけだもの。何もできはしないわ」
悲しそうに言うリラ。
ヴァンパイアはいなくなるべき、という主張をするリーンには、ヴァンパイアを滅ぼせる力は無い。滅ぼす力を持つのは、エクソシストとしての能力の有る者だ。だが、リラにはまだ力が足りない。
「私も。エクソシストやヴァンパイアにしてみれば、心が少し読めるただの人間ですもの」
玲奈も、リラに賛同して頷く。
何も出来ないのは、リラだけではない、と。
ヴァンパイアというものを、理解していない分、リラよりも力はないだろうと玲奈は思うのだ。否、霊能力者にしてみれば、超能力者はただの人間、とも思われがちなのだから、本当に自分には力がないだろう、と玲奈は思った。
「だけど、だけど……」
リーンはどうしても、ヴァンパイアという存在を、許せないようだった。
「そうね。でも、リーン。あの方がいらっしゃいます。名前聞きそびれてしまいましたけれど。多分先生ですよね?」
リーンを何とか安心させようと、リラは笑う。
「そうですわ。あの方がいらっしゃるじゃない。見張り役をやられると、おっしゃっていましたわ」
玲奈も明るくリーンに言う。
「あの人、とっても強い霊能力者さんでした。何か有れば、あの人がきっと何とかしてくださいます。他力本願ですけれど。今の私は、力不足ですから。あの人に任せましょうよ、ね?」
リラの再度の説得に、リーンはやっと頷いた。
「そうね。たしかに黒髪さんは、とっても強い霊能力者だったから。ごめんなさい。私何だかとっても興奮してしまってた……」
私に出来ることだって、何もないのに。と殊勝に謝るリーンに、そんなことないわよと、二人の少女は笑う。
「ねぇ、何かゲームをして遊びませんか?私部屋の中で出来るゲーム、幾つか持って来ました」
部屋の中を明るくする為に、リラは勤めて明るく提案する。
玲奈と遊べるのも、リラは楽しみにしていたのだ。それに、ゲームをしていれば、色々と複雑なことを、今は忘れられるかもしれない。
リラと玲奈が、さらに仲良くなれるきっかけになるかもしれない。
リーンと玲奈は、きっと仲良くできる。リラはそう思って提案した。
玲奈は笑って頷いてくれた。
リーンも「私も混ぜて」と言ってくれた。
三人とも、外に出る気はすでに無くなっていたのだ。まだまだ明るくて、のんびりできそうではあるのだけれど。
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