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教師たちの憂鬱 ①
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ガシャーン
窓ガラスの割れる音がする。
教員室の教師たちは、またか、という表情だ。
「例年どおり、派手ですな。今年の一年生も」
どこで音かしたのかを確認した教頭が、のんびりと自席に戻ってお茶を飲み始める。
日常茶飯事なことなのだ。ここでは。
修理費も馬鹿にならないというのに、教師陣は平然としている。
慣れなければ、やってはいけない。
「そういえば今一年生の担当をしているのは、今年赴任したばかりの先生二人ではなかったですかね」
こちらものんびりとした、一年の学年主任。
学年と言っても、霊能力者と超能力者に分けた、二クラスしかないわけなのだが。
特殊能力者は、数がいるわけではないので。二クラスで充分なのだ。
「おやおや、それはいけません。誰かフォローに入ってあげてください」
やんわりとした雰囲気のまま、まったく緊張感などないまま。教頭が教員室に残っている教師たちに言う。
「私が行きましょう」
すっと立ち上がったのは、体育担当教師の沖野卓巳(おきのたくみ)。
「では、お願いいたします」
一年学年主任は、彼に頭を下げた。
「はい。私もここに来た当初は、驚きましたからねぇ」
しみじみと呟きながら、体育教師は教員室を出て行った。
「さて、被害状況はまだわかりませんが、校長と理事に話しを先に通して来ますね。中条先生かラミュエール先生、または沖野先生が戻られましたら、校長室へと伝言願います」
ゆっくりと立ち上がりながら、教頭は教員室にいる教師に伝言を頼む。
「承りました」
二年の担任を持つ教師が、これまたのんびりと教頭に返事をした。
「では、よろしくお願いしますね」
静かに教頭は、教員室を後にする。
「入学式といい、今といい。今年の一年生は元気が良いですねぇ」
一年学年主任は、困った様子もない。
「まぁ、元気が良くなければ、この学校ではやっていけません。我々も」
のん気なのは、教員室の教師全体。
元気なことは、良いことだ、と。
「用務員がいないのは、少し困りものですがね」
雑用をしてくれる人間がいない。そこだけは困るのだ。
「ま、片付けは決まりどおり、その時の教師か生徒で今は済ますしかないですねぇ」
熱いコーヒーに一瞬眉をしかめながら、教師は片付けの話しをする。
「その決まりが、なかなか無くならないのも、困ったものです」
本当に困っているのかどうなのか。のんびり口調のままである。
「こういった特殊学校ですからねぇ。用務員を雇うのも、簡単にはいかないのでしょう。誰か卒業生でも雇いますか」
教師を雇うことも、なかなかに苦労するのだ。
雑用する為の用務員とはいえ、能力者でないと大変なことになりかねない。
「では、今年今後が決まらなかった生徒に、掛け合ってみてください」
卒業生なら、この学校がよくわかっている。
あれこれ教える必要性もない。
ただ、この学校の卒業生は、特殊機構にほぼ就職が決まってしまう。そこが難点である。
憂鬱なんて、なさそうな教師陣の会話。
だが、それぞれ結構考えている。
入学式の椅子の惨状。今回の窓ガラスの被害。
この先も、一年生だけではない。二年生三年生も、起こしてくれる数々の被害。
ここは、それが日常となっている学校なのだ。
教師は慣れなきゃ、やってられない。
私立であるから、寄付金が集められるのも、少しの救いだ。また、入学金等が多少高くとも、理由が理由なだけ、許されている。
生徒だけでなく、教師たちも人間だ。人間であるからには、過ちもある。そんな時は、仕方ないで済まされるこの学校に、感謝してしまうのだ。
※
黒髪教師中条(なかじょう)は、今は一年生の授業を担当していた。
目の前が一瞬チカッと光った気がした瞬間、窓ガラスの割れる音がした。
割れたガラスは外に落ち、教室内にいた生徒や自分に降りかかることは無かったが。
被害ガラスは数十枚。
割れた音からして、この教室だけにとどまってはいないだろう。
被害はどれほどか……。確認すべきはそこだろうか。
赴任したばかりのころは冬で、落ち着いた生徒ばかりだった。一年生が入って来て入学式の椅子に始まり、中条は被害をやっと目の当たりにしたようなものだった。
「やぁ、例年どおり、派手ですな」
のんびりと現れたのは、体育教師である沖野だ。
「よくあること、のようですね」
緊張する必要性など、中条も感じてはいなかった。悪意は何も感じ取らなかったからだ。
ただ、対応の仕方がわからなかっただけだ。何の脈絡も無く起こったことに、多少茫然としてしまっても、おかしくはない。
「まぁ、二年三年も、今の時期は起こしやすいですよ。落ち着くのは、先生がここへ来られた冬くらいです」
気にすることではない。と沖野は中条へと言う。
新学年になれば、なかなか落ち着けず、こんなことはよくあるのだ。
冬になれば、一年間が終わりに近づき、多少の落ち着きを生徒たちは見せるのだ。
「割れたガラスが外に落ちたことは、良かったですな。けが人がいなくて、良かった良かった」
これでけが人がいれば、なかなか大変な事態になるのだが。
「この教室だけではないと思いますが」
中条は、ガラスが割れた際の音を聞いている。だからこそ、被害はこの教室だけではないと言った。
「あぁ、被害状況確認しつつ回りますから。下のガラスの掃除、頼めますかね。この学校には用務員がいないんですよ。ラミュエール先生にも頼んでおきますから。生徒たちは、吹きさらしもなんですから、空いている教室に移動して、自習としますか」
一学年二クラスの割りに、教室の数が多いのは、こういった時の為だったらしい。
たしかに春とはいえ、吹きさらしは生徒たちも嫌だろう。
騒ぎの張本人も、今は落ち着いたようなので、このままにしても大丈夫だろうと中条は観察した。
「わかりました。後お願いいたします」
自分がすべきことは、外の掃除だ。
沖野が被害状況を確認して回ると言っているのだから、新人の自分は言われた仕事をすれば良い。
生徒たちの空き教室誘導も、慣れてない自分よりは沖野の方が良いだろう。
「はいはい、任されました」
軽い調子の沖野に、中条は少しだけ苦笑した。
掃除道具の場所を、最初に教わったのはこういう時の為だったか、と中条は思う。
そして校舎のすぐ近くに、植木や花壇が無いのも、こういう時の為だろう。掃除をするには、植木や花壇が有ると、やりにくい。花を傷付けたり、植木の葉をむしり取ったりしなくて済むのは、ありがたいことだ。
無残な植木や花壇が有るよりは、ただのアスファルト塗装が有るだけの方が、見栄えも良い。
一見無愛想なアスファルト塗装の所以がわかってしまった。少し寂しさを感じていたこの学校の外観の在り方を中条は、なるほど特殊学校らしい理由だと思うにとどめた。
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