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教師たちの憂鬱 ②
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「よくあることなんだってね、コレ」
よく知った声が、後ろからかかった。
アスファルトを、箒で掃き進めている時だった。
振り返らずとも良いと思ったが、箒を使っている為に前かがみになっている体勢のまま答えるのもおかしいか、と。中条は上体を起こして振り返る。
「らしいですね」
ラミュエールも、自分と同じように箒を持って立っていた。
「まったく、びっくりしたよ。何の前触れもなく、窓ガラス全部割れたからね」
軽く言いながら、箒を使い始めるラミュエールと同様に、中条も掃除を再開させる。
「二年三年になっても、有るらしいですよ」
「そうなの?あー、だから沖野先生落ち着いてたんだねぇ」
自分と同時期にこの学校に来たラミュエールも、同じように惨状を目の当たりにしたのは初めてだったのだろう。
純粋に驚いている彼。
いつもなら軽口を言い合うが、今日は無言で掃除をしている二人。
生徒がけがをしないようにだろう。ガラスは粉々に割れていた。
その為、アスファルトの間に挟まってしまっている物もある。
アスファルト塗装の仕方に問題があるのでは、と中条は考えてしまった。
元々凝り性の中条には、向いていない仕事である。
これくらいは良いか、という考えが無いのだ。全部綺麗に取り除かないと、気が済まない。
その点、ラミュエールは雑であった。
アスファルトの上にあるガラス片だけ集めている。効率は良い。
だがしかし。
許せないものは許せないので、中条は黙々と間に挟まったガラス片まで掻き出して取り除く。
自分の性格に少しだけ自分で文句を心の中で言いながら、ラミュエールの掃き零しも掃いて行く。
「君は、細かすぎ」
呆れたラミュエールの声がする。
「こういう性分なんです。仕方ないでしょう」
あなたは雑すぎる、ということは言わず。今はとにかく掃除を終わらせたいので。
ここで彼と言い合いをする気は中条には無い。
「まぁ、君がそうやって掃いたのを、俺が塵取り使ってけば、効率上がるよね」
あくまで自分は楽な仕事をする、というラミュエールに、中条は苦笑が浮かぶ。
言っていることは、正論だから。
「こういう雑用してくれる人、用務員とか言うんだっけ?いたら良いのにねぇ」
前かがみの姿勢が疲れたのか、ラミュエールは伸びをしながら言う。
「特殊高校ですからね。雇うのも難しいのでは?」
答えつつ、中条も一端伸びをした。
精霊でも読んで、さっさと終わらせようか、という考えが一瞬中条の中に起こる。が、一人でも精霊を呼べば、他の精霊が騒ぐので、その考えを捨てた。
瑠伊は別格である。他の精霊たちより力が有る為に、瑠伊一人を呼んでも、他の精霊は文句を言えない。
瑠伊より各上の精霊はいるが。さすがにこんな掃除の為に呼ぶような精霊ではない。
瑠伊は今もラミュエールの上着のポケットにいる。偵察役なので、この掃除に手伝いとして呼ぶ気はない。ラミュエールは瑠伊がいることを、嫌がってもいるし。
「君は日本語教師だっけ?」
掃除に飽きてきているのか、ラミュエールが問いかけてくる。
「そうですよ。さっきまでは、普通に日本の文学小説の授業をしていたんですけどね」
中条は、さっさと終わらせる為に、掃き掃除を続ける。
こういう所で損をしていると、中条自身思っている。
適当が無いのだ。自分の中に。
適当にやる。適当に終わらせる。適当に……。
考えただけで、中条には無理だった。
「毎回こんなこと起こってたら、授業にならないねぇ」
中条が続けるので、ラミュエールも仕方なく掃除を再開している。
「そんなに頻繁に起こるとは、思いたくないですね。今まで無かったですし」
「だよねぇ」
ため息をはきつつ、ラミュエールは一杯になった塵取りの中身を、持って来たゴミ袋にザザッと入れている。
アスファルトは、綺麗になっている。
もう少しで、この作業も終われるだろう。
被害がどんだけだった、とか。
校長と理事に話しをしなければならない、とか。
忘れ去りたいことばかりである。
「被害状況は、校長と理事に話しておきましたから」
教員室に戻った中条とラミュエールに、沖野からの声がかかった。
その言葉に、中条は少し肩の荷が下りた気がした。
理事会の中の誰かが常駐しているのは、こういう時の為だったのだろう。
「私も校長室に行った方が?」
自分の授業中に起こったことだ。中条は沖野にそう問いかけた。
「いえ、大丈夫ですよ。明日には業者も来ますし。気にすることでもありませんからね」
被害状況さえ、把握できれば問題ないのだと、三年の担任教師が柔らかく言った。
中条の肩の荷は、全て無くなった。
「本当に、よく有ることなのですね」
中条の言葉に、教員室にいた教師たちは、笑ってうなずく。
気にすることではない、と。
「まぁ、あまりに被害が大きければ、職員会議や理事会議になりますけど。今回は一年のみでしたからね」
「全校巻き込んでの大きな被害など、一年に有るか無いかですし」
「深く考え過ぎないことです。よく有ることだと割り切って、次の授業に備えた方が、建設的です」
次々と教師たちから声がかかる。
良い職場、なんだろうな、と中条は思った。
「中条先生の慌てた顔、初めて見ましたよ」
沖野に茶化すように言われ、中条は苦笑した。
「あの場合は、誰でも慌てると思います」
特に自分やラミュエールのように、来たばかりの教師は。
「まぁ、たしかに慣れるまでは、俺も驚いてばかりでしたけどね。でも先生、入学式はうまく収めてくださってたじゃないですか」
もっともか。
ただ、入学式の時に収めたのは、自分じゃなくてラミュエールだ、と中条は思うのだが。
今回については、何の前触れもなかったのだ。常に自分についていてくれている、李焔(りえん)さえ気付かなかった。
何が起きたかはわかってるが、何が引き金になったかは、わかっていない。
後で生徒に確認する必要性が、有るかもしれないなと、中条は思っている。
「何にしても、けが人もなく良かったですよ。一年生にはしばらく仮教室を使ってもらい、業者の直しを待ちましょうか」
教頭の一言が、今回のことを終わらせる一言になった。
皆それぞれの担当授業の準備に入っている。
中条とラミュエールも同様に。
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