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教師の日常 ※ ①
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新米教師として……年齢的に新米と言えるかは別として、教師としては初めての仕事なので、新米でいいだろう。これから先をしっかり見据えなければならないと、中条は考えにふける。
早くこの学校に慣れて、習慣にも慣れて……。
冬に来たから、授業を受け持ち出したのは、春になってからだ。
学校に慣れなければ、今日のようにオタオタしてしまうだろう。
オタオタした自分というのは、見せたくはないものだ。
自分は自分を隠していると思う。
何を隠す必要性が有るのだろう。何故、隠しているのだろう。
だから教師たちだけでなく、生徒たちにも謎な教師と言われてしまうのかもしれない。
謎でも良いのだが。そういうスタンスが、余計謎になっているのだろうか。
自分は何を隠しているのだろう……。
生い立ち故か。
生涯ついて回る生い立ちに、自分はいつまで振り回されるのか。
木々の中で考える。
すぐ傍にいる自分の精霊が、不思議そうに、心配そうにしているのは、わかっているのだが。
自分は、他人と何が違う?何が違った?
自分は他人を何故、受け入れない?
これでは、末の弟のことを言っていられないな。彼は自分自身にとうに向き合った。自分の在り方を、すでにわかっている。
自分は今更、自分とは一体何なのかを考えている。
「考えても、仕方ないことですよ」
ふいにかかった声に、驚いて振り返る。
いつもの、男ではない。
温和な顔をして、実はかなりやり手の霊能力者。教頭としてここに居る彼。彼を頼って、自分はこの高校に教師として雇ってもらったのだ。受け入れてもらった。
「あなたは、何でも見通しているようです」
怖ささえ覚えると。言外に告げた自分に、彼は笑って見せただけだった。
「ここはそんな教師の集まりですよ。特に霊能力者はね。あなたも、その一人です」
教師たちの力は様々だ。
しかし、その力を使って仕事をして来た者が多いだけに、彼らは時に恐い一面を持つ。
力を持つことの怖さを知っているが故に、生徒たちへの徹底した指導。この特殊な高校が、自分が高校生になった時に有ったのなら、少しは違っていただろうか。
けれど『もしも』は存在しないのだ。
考えずにはいられないのが、人間の性かもしれないけれど。弱さかもしれないけれど。
光と闇に身を置く故に、自分を秘める方法を知ってしまった。
秘めなければならなかった。秘めることが、当たり前だった。
では、光と闇とは?
「それこそ、究極の問答ですね」
考えても、考えても、答えなど出ぬものだと、彼は言った。
いつの間にか、色々と置き去りにした。また、自分も置いてきた。そして、置いて行かれた。
考えてはならぬもの。
考えても答えはない。
※
「どうしてあなたが、ここにいるのでしょう?」
森から出て教頭と別れ、職員寮の自分の部屋に帰って来た。
ら、何故この男が我が物顔で自分の部屋にいるのか。
鍵などこの男に意味のない物だと、わかってはいるのだが。
「また無意味な問答でも、森で繰り返してるのかなぁ、と思ってね。俺が迎えに行こうと思ったら、すでに教頭が行ってたから、ここで待ってただけだよ」
知りたい答えでは、ないのだけれど。
この男は、うまく言葉を変換してかわしてくる。
今は言葉遊びをするのでさえ、億劫に思えてしまう。
普段なら、この男との何気ないやり取りを、楽しんでいるのだけれど。
日本語に不自由していないらしいこの男に、やり込められることもしばしばある。
そこは良いのだ。自分も楽しんでいるし。
「そうではなく、わざわざ勝手に私の部屋に入っている、理由が知りたいんですよ」
何らかの、約束事など無かったはずだ。
わざわざこの男が自分の部屋にいて、自分を待っている理由がつかめない。
のらりくらりとかわしてくるこの男に、少しばかり厄介さを感じてもいる。
自分の考え事を、無意味な問答と切って捨てるくらいに、この男は人間の考えなど、気にも止めていないはずだ。
「廊下には椅子が無いじゃない。俺立ってるの、疲れるから嫌なんだよね。で、無意味な問答に答えは出たの?」
答えている様で答えになっていないのだが。
追及するだけ無駄だ。
それこそこの男に、無意味な問答と言われてしまうような、自分の考え事と同じだ。
「答えが出ないから、無意味だとわかってても、考え続けるんですよ」
自嘲気味に答えてしまった。
「ふーん。人間ってさ、生涯が短いのに、変なことにこだわるよね。君もさ、解ってるくせにそんなことにこだわって、独りになってさ。つまらなくならない?楽しいことだけ考えて生きてれば、良いのにねぇ」
それが出来る人間もいるだろう。
自分はただ、それが出来ない人間なだけだ。
「人には向き、不向きが有るんですよ」
なんて言ってみても。
自分がただ不器用なだけだと、この男に教えているようなものだ。
癪に障る。
「イライラしてるねぇ。楽しくないこと考えてるから、そうなるんだよ。もっと楽に生きたら良いのに」
それが出来たら苦労はしていない。そう思う。
それが出来てるなら、自分はこの高校になど来てはいないだろう。
大切な兄弟や仲間を置いて、置き去りにして。自分のしたいことを、すべきことを投げ出して。
大切だったからこそ、失うことの怖さを思い知った。
だから、誰も知らない場所で、生きたかったのか。
だから、誰も受け入れずに、独りになろうとするのか。
わかっているじゃないか。自分がどうしてここにいるのか、その理由はすでに、解っている。
それでも、堂々巡りする思考は、どうしようもないのだ。
「あなたは楽に生きすぎてると思いますよ」
自分なんかより、はるかに長い時間を生きているこの男。
この男が、何かを考え続けるなんてこと、想像もつかない。
元より、考えて生きていないのか。
「俺は俺というモノを、わかってるだけだよ。考えても仕方ないでしょ。自分が闇と光の間にいる存在だってことは、産まれた時から変わらないんだから。考えて変わるものじゃないしね。闇だとか光だとか、そこんとこはもう、世界の在り方なんだよ。悠久ともいえる時を生きてる俺だって、そんなもの考えても答えなんて出ない。自分がナニモノかなんて、それこそ考えるだけ無駄なんだよ。俺にとってはさ。父親がいて、母親がいて。それだけで良いんだよ。ま、母親はとっくに亡くなってるけど。人間だったからね」
この男は、すべてを受け入れているのだろう。
それだけ生きているのだ。
自分みたいな、ちっぽけな存在とは、全く違う存在。
「私は……父も母も受け入れられない。それだけですよ」
家族を受け入れようとしない自分が、多分一番間違っているのだろう。
それでも、考えてしまうのだ。
父と母が違ったら、と。
あり得ないことだし、たとえ違ったとしたら、今の自分の兄弟たちも、違ってしまう。
根本から、覆されてしまう。
「君の産まれがどうだったとか、俺は追及しないけどさ。まぁ、話したいんだったら別だけど。親を認められないけど、兄弟は認めてるんでしょ?だから君の中で、矛盾がたくさん生じてる。あぁ、だからか。答えが出ないとわかってて、考え続ける、ね」
納得した、と男は言う。
自分を理解してほしいと、思っていたわけではなかったのだけれど。
それでも、この男に理解されたことに、どこか安堵している自分がいた。
「人間ってさ、矛盾だらけの生き物だよね。ま、君が考え続けるっていうなら、俺は別に邪魔しないよ」
元から矛盾だらけなのだから、考えるだけ無駄なのだ、そう付きつけられた気もするが。
男が部屋から出て行くのを、ぼんやりと見送っていた。
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