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教師の思惑 ※ ②
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「う、くっ、……」
息を飲み込む。
何とか声を殺そうと試みてみる。
どうして毎回この男に、良いように扱われなければならないのか。
ただの獲物なら、こんなことしなくても良いだろうに。
「強情だなぁ。名前呼んでって言ってるだけなのに」
楽しそうな声。
名を呼ぶだけ。わかってる。それだけのことなのに、何かが瓦解してしまいそうで、名を呼べない。
この男に、全てを許しそうで。全てを持っていかれそうで。それが出来ないでいる。
「……もう、止め……ん、はっ」
散々嬲られて、弄られて。
渦巻く快楽だけが、体を支配している。
「名前呼んだら、イかせてあげるよ。あー、でもこの一回きりで名前呼び終わったら、またこうなるかもね。今日は名前呼べたら、他はしないであげる」
上から目線。
わかっている。この男が本気になれば、自分など容易く扱えることなんて。
それがひどく、気に入らない。
私などその他大勢の中の一人にすぎない。ただ、今は何故か執着されているだけ。いずれあきて、気が変わるだろう。
気に入らない。
「い、や……です……」
名を呼んだら、この男の気紛れは終わるだろうか。
瓦解するのは、私の心か。それともこの男の心か。
こんな状況を作ってまで、名を呼ばせる意味がわからない。
「ふーん。じゃあこのまま血、もらっちゃおうかな。噛みつかれると、余計に敏感になるよね、正って」
「ひっ、や……」
抗おうとしても、押さえつけられて力の入らない体は、言うことを聞かない。
頭を振るだけでは、意味が無かった。
「くく、そんな嫌がるなら、名前呼ぶ方が良いんじゃない?」
それでも男は行動には移さず、ただただ私を翻弄するだけだ。楽しそうに。
首筋を舐められて、体がビクリと跳ねる。こんなことだけは、従順に動く体。
せき止められている熱が、体を巡回するような感覚。麻痺、していく。
「いやだ、もう、……やだ」
子どものようだと、自分で自分を嗤ってしまう。
それでもこの男の言いなりになるのも、嫌だった。
ペロリと今度は目尻を舐められた。どうやら涙が出ているようだ。
「泣かない、泣かない。逆にもっと泣かせたくなるから。ほら、シアンって、呼んでごらん」
子どもに言い聞かせるような言葉。
自分でも子どもだと思ったが、馬鹿にされている気分にもなる。
ただの強がりは、意味が無かった。嫌だ嫌だと言っても、この男の思うつぼなのだから。
容赦なく与えられる快楽に、頭が霞んでくる。
「シ……ン……」
駄々を捏ねていても仕方がないのだと、あきらめた気持ちで名を口にした。
そうしないと、いつまで経ってもこの地獄のような快楽の渦から抜け出せない。
「ん?駄目だよ。もう一回。ちゃんと呼んで」
聞こえているだろうに。どこまで、……。
「……っ……シアン!……」
「はい、良く出来ました」
そう言いながら、男はせき止めていた指を外した。
先に言ったとおり、今日は血を持っていかれなかった。
後に残ったのは、気怠さだけだ。
やっぱり、何も残らない。
何を、残して欲しいと……。あー、もう何も考えたくはない。
勝手に好きなように弄んで、それで帰って行けば良い。
シアンなんて男、私は知らない。
※
今後も名前で呼んでね。
そう言って、正の部屋を後にして来たけど。正直俺はよく耐えたと思う。
っていうか、今までも耐えて来てるけどね。
あー、初めに最後まではしないなんて、言わなきゃ良かった。
今日だって名前呼べたら他はしない、なんて。自分で自分の首絞めてるなぁ。
『好きなのね。彼のこと』
部屋に戻って一人反省会中。
心によみがえった、愛しい人の声。
「正を好き?違うよ、リズバーラ。俺はリズ、君を愛しているのに」
かつて愛した人の声に、俺は自然と答えていた。
『好きでなければ、そんなに気にもしてないでしょう?気付いているのに、どうしてわからないフリをするの?あなたって、そんなじゃなかったでしょ?ずっと一緒に居たの。私はあなたと共に居たの。私のこと、もう忘れて良いのよ?私を愛してくれたように、彼を愛せば良いじゃない」
共に居てくれた自分の光。
彼女を忘れたら、自分は闇に囚われている。
けれど、今は?
「リズ、リズバーラ。俺は君のことしか、愛していないよ」
『違うわ。もう何年も経ったの。あなたは独りで生き過ぎた。ふふ、彼もあなたも、独りで生きようとするところは、同じね』
声は軽やかに俺の心に巡る。
これは、幻聴?俺自身が生み出した、都合の良い話し。
『ふふ、そう思ってくれて良いわ。だってもう、何年も経ったのだもの。私の心も、あなたの傍から離れてしまうわ。ねぇ、シアン。彼を最初に糧として扱ってしまったことを、悔いているのね』
本心を、暴き出される。その声に、俺は静かに俯くことしか出来ないでいる。
馬鹿馬鹿しい。と振り払うことすら出来ない。
『まだ、遅くはないんじゃないかしら?彼だって、あなたに振り回されて、考えているわ。だから、彼を失いたくないと思うなら、行動しなさい、シアン。あなたは何を恐れているの?また愛した人を失うこと?生きているのに傍にいられない方が、辛いんじゃなくて?』
発破をかけてくるような、心の声。
わかってる。正が俺に振り回されて、困っていることを。
俺の本心を見せてないのに、信用しろ?馬鹿なことしか言ってない。
自分の良いように扱って、正の心を置き去りにしたのは俺だ。
だから、俺がちゃんと正を見ていなきゃなんないし、正の生き苦しさを無くしてやりたい。
心を踏みにじっといて、何言ってるんだとか思われるかもしれないけど。
それでも正に愛しさが生まれているのも事実だし。
最初は、本当にただ、アイツが生き苦しい生き方してるのが、目に止まって……。だから?
ただのいつもの気紛れだ、って自分の気持ちに蓋をしたのは、俺自身だ。
なのに、正から返って来ないことが不満で。
最初から、俺も与えてないのに、返って来るも何も無い。
「馬鹿だな、俺」
『今頃気付いたの?そんなんじゃ、呆れられるだけよ?』
気付いたことに自嘲して。呆れてるのは俺自身だ。
「正の傍に居る。今決めた」
決意を新たに口に出した。
俺が何を怖がるっていうんだ?
正をいづれ失うことを?
今すぐに、傍に居られなくなる方が、俺は嫌だ。
だったら行動あるのみだ。そう、行動しないと始まらない。
俺が与えなきゃ、何も返って来なくて当たり前なんだ。
与えても返って来ないかもしれないけど。
っていつになく弱気だな、俺。
こんなんじゃ、リズバーラにも呆れられる。
「ありがとう。愛していたよ、リズバーラ」
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