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弔いの花が散る2
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単位取得のためだけに体育に出席していた火宮は、短距離のタイムが取れた後はもう用なしと、さっさと校舎に向かっていた。
教師には保健室とか適当なことを言い、嘘だとわかっていながら教師も今更注意してくることはない。
すんなり授業を抜け出せた火宮が、昇降口に入り、廊下に足を踏み出した時だった。
「刃」
「聖?」
何故か廊下の真ん中で待ち構えていた聖に、火宮の足が止まった。
「なんだ。授業中だぞ?」
「ふふ、間近で見るとますます、似合わないねぇ、体操服」
にこりと笑う聖に、火宮の眉がギュッと寄る。
「わざわざ授業をサボって喧嘩を売りに来たのか」
「えー、僕は自習。サボりと言うんなら刃の方でしょ?帰るの?」
ふわりと近づく聖を見て、火宮はゆったりと唇の端を吊り上げる。
「次の授業は出席が足りているからな」
「ふふ、本当に、こんな計算高い不良は嫌だよね」
先生泣かせ、と笑う聖も、十分計算高いと火宮は思う。
「あー。同類のくせにって顔してる」
「ふん、分かっているならそこをどけ」
パタ、と1歩、聖の方へ足を踏み出した火宮は、ふと真剣な目をしている聖に気づいて動きを止めた。
「行かせない」
「はっ、本気で喧嘩を売ってんのか」
「今日は喧嘩には行かせない」
ジッと自分の右手を見つめる聖に気付き、火宮は疲れたような溜息をついた。
「何で聖には分かるんだ」
「やっぱり。だってちょっとだけ…本当にちょっとだけ、庇っていたでしょ」
「ふん」
「刃のフォームは綺麗だけど、今日は完璧じゃなかったから」
そっと1歩、距離を詰めた聖が、火宮の右手を取り上げる。
「ハッ、敵わないな」
聖の他は誰も気づかなかったというのにと、火宮は少し悔しそうだ。
「ふふ、だって僕は刃を愛しちゃってるからね」
「ふん、言ってろ」
スッと右手を取り戻そうとした火宮の力に逆らって、聖はその手をギュッと掴み止める。
「何す…」
「痛むんじゃん」
「聖が引っ張るから」
「っていうか微妙に腫れてるし」
「大したことはない」
グッ、グッと綱引き状態になった火宮の手が左右に揺れる。
「刃の大したことないは当てにならない」
親指の付け根辺りから手首にかけて、注意深く見れば腫れているように見える火宮の手を見て、聖は自分の方がよっぽど痛そうな顔をして眉を下げた。
「手当てしよ?」
「必要ない」
「もう、刃はー。痛い、でしょ…」
ぎゅっとベソをかいたような顔をする聖から、火宮は疲れたように目を逸らした。
「はぁっ…だからバレたくなかったんだ」
「もう気づいちゃったんだから遅いって」
「まったく…」
「刃」
聖はおもむろにチュッと火宮の怪我に口付けを落とし、優しくゆっくりそこを撫でた。
それは神聖な儀式のようでいて、子どもにするような、痛いの痛いの飛んでいけの呪いのようでもあり、とても神秘的な、不思議と目を惹く光景だった。
「聖」
「ん?」
「ガキじゃない」
「知ってるよ」
クスクスと笑いながらも、聖は火宮の手を離さない。
「手当ては、本当にいらない」
「ん。わかった」
「聖」
「うん」
静かに微笑む聖の目は、まるで刃の痛みは僕がもらう、僕が引き受けると言っているようで。
「半分でいい。代わりに寄越せ」
スッと聖の手を引かせ、火宮はそのままその手を掴み上げ、手首の内側を唇に近づける。
「んっ、ッた!」
チリッとした痛みを置いて、火宮の口付けの痕が、赤く聖の腕に付いた。
「ふふ、そっかー」
「ふん」
「刃ってホントは優しいよねー」
「言ってろ」
自分のことのように火宮の痛みを引き受ける聖の代わりに。
火宮は聖のその哀しみと寂しさを。
互いの飢えを、互いの埋まらない隙間を、それぞれが互いに埋め合うように。
「んっ、嬉し」
手首の内側の鬱血に、チュッと口付けた聖が笑う。
無邪気に艶やかに、眩しいほどの光を放って。
「天束っ!」
不意に、廊下の先からパタパタと駆けてくる足音が聞こえた。
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