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弔いの花が散る5
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「待てっ!待てよっ、火宮!」
スタスタと遠ざかっていく火宮は、足を止めることはない。
藤城の叫び声が聞こえているだろうに、完全無視で歩いていく。
「おいっ、火宮!待てって!」
多少強引か、と思いながら、藤城はひょいっと靴を脱ぎ取って、火宮の背中めがけて投げつけた。
「っ…」
外した。
というよりは、火宮が後ろも見ずに身を躱したのか。
けれども無事、火宮の足は止まる。
「火宮」
「貴様、喧嘩を売ってんのか」
ケンケンと片足で飛び跳ねながら近づいた藤城に、ギロッとした火宮の殺人的な目が向いた。
「いや…おまえが呼んでも止まらないから…」
「ふん。呼び止めてどうしたい。聖の仇だと俺を殺すか?」
「なっ…」
「それとも聖の墓前に引き摺り出して、土下座で詫び入れでもさせてみるか」
ふっ、と笑う火宮の瞳は、昏い昏い色をしていた。
「っ…おまえは」
「なんだ」
「っ…」
一瞬怯んだ藤城が、グッと腹に力を入れて足を踏ん張る。
「そうだ…。俺はおまえを、確かに憎んでいる。あぁ憎いさ、殺したいほどに憎い」
「ふん」
「何故守れなかった!何故死なせた!何故、天束はっ…」
ギュッと腕を掴んでくる藤城を、火宮は無抵抗に好きにさせ、ただ黙ってその姿を見つめた。
「っ…だけど全部、おまえのせいじゃない。おまえの責任じゃないこともっ…悔しいけれど、俺は分かっている…」
「は、っ?」
「だって天束が言ったんだ。僕は火宮がいいんだって。火宮刃を選ぶんだって」
「っ…」
藤城の言葉に、火宮の目が初めて軽く瞠目した。
「清々とした笑顔で言ったんだよ。『ごめんね、瑛。僕は、刃がいい』」
「っ!」
「だから俺は火宮を恨めない…。天束が死んだのは、天束が選んで、天束が望んで歩いた道の結果だ…」
ギュッと握り締められた火宮の拳が震えた。
「俺はおまえを恨めない。だけど火宮、おまえはそれでも少しでも、天束の想いを分かっていたか…?」
手から滑り落ちたナイフを思い出し、藤城は問う。
「天束はきっと、火宮に手を合わせて欲しいと思っている」
「はっ、貴様は死者と会話ができるとでも言うのか」
「火宮っ!」
「貴様に何が分かるっ!」
「っ…」
バッと藤城の手をようやく振り払った火宮が、冷たい冷たい目をして薄く笑った。
「俺に聖の死を悼む資格はない。聖もこんな血濡れの手、合わせられたら迷惑だと言うだろうよ」
はっ、と笑い声を上げる火宮の目は、暗く昏く、少しでも油断すればそれこそ、その闇に呑まれてしまいそうだと藤城は思った。
「火宮…おまえは…」
「分かったら、もういいだろう?安心しろ、俺は学校も辞めた。2度と貴様と会うこともない」
スッ、と踵を返した火宮が、振り返らずに歩いていく。
藤城はその背中を、グッと唇を噛み締めて見送る。
小さく、小さくなっていくその背を、ただ黙って見つめ続ける。
かけることのできる言葉は、もう何1つ残っていなかった。
その背中は徐々に遠ざかり、小さくなってついに視界から消えた。
「っ、天束…。これがおまえの望みか?火宮の人生も心も根こそぎ奪って持っていき…。それで満足か?」
ポツリと落ちる呟きを、聞く者はどこにもいない。
「違うよな?おまえも、火宮も…」
どこまでも狂ってる、と艶やかに笑った聖の姿を思い出す。
「っ、くそっ…。おまえらのは…狂気じゃない…」
パタッとアスファルトを濡らす雫が1粒。
一瞬黒く色を変えては、すぐに元の灰色に戻る。
「おまえらのそれは……」
愛、だ。
聖を想い全てを狂わせる火宮も。
火宮をいつか壊すと分かっていながら側に居続けた聖も。
それは、歪んで見えるほどの深く強い、強すぎる愛。
「馬鹿、だろ…っ。馬鹿、だよっ…」
ポタリ、ポタリと落ちては跳ねる水滴が、徐々にアスファルトの地面に黒い染みを残していく。
何かが1つ違ったなら。
何かを1つ違えていたら。
2人の行く先に幸せな結末があったかもしれない。
「なぁ天束。俺はどうしたらいい?」
聖をそれでも愛していて。
火宮をけれども恨むことができなくて。
「あーぁ、天束。答えろよ」
見上げた空に、藤城は弔いの花を手向ける。
「くそっ。幸せに、なるかぁ」
尊敬してる、と笑った聖の笑顔に、応える術はただ1つ。
「俺は俺を許せない」
『火宮くんってキミ?』
あの日に足を止めた自分を一生悔やむ。
「聖も永久に俺を怨むだろう?」
見下ろした地に、弔いの花が散る。
償うことも、請うことも。
悼むことも、哀しむことも。
一切の権利を持たないと火宮は言う。
『僕たちに、瑛の強さの10分の1でもあったらね…』
そうして1つの恋が終わり。
1つの人生が幕を下ろした。
深く長い暗闇に、足を踏み出した1つの命を。
憂うように、見守るように。
ゆっくりと立ち昇った白い煙が、そっと地上を見下ろしてたなびいた。
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