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真夏の夜の熱 2
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「はぁっ。もう、なんなんですか、あなたは」
勝手に真鍋の飲んでいたバーにやって来たかと思えば、これまた勝手に隣の席に落ち着いて、ちゃっかり酒を注文している。
「クスクス、嫌そうな言葉の割に、本気で嫌がってはいないよね、それ」
「あなたを排除するために労力を割くことが、いかに無駄であるかは、経験上熟知しておりますので」
「とか言って、本当は話し相手が欲しかったくせに」
分かっているよ、と笑う夏原に、真鍋の深い深い溜息が落ちた。
「あなたにこのような隙を与えるなど…」
「まぁそれだけショックが大きかったってことだろう?」
「ふっ、私は蒼羽会の幹部ですよ?制裁など、これまでだっていくらでも見ているし、やって来ています」
今さら傷つく心は持ち合わせていない、と真鍋は言い切るけれども。
「おまえを慕い、おまえも入れ込んでしまった相手のそれは、勝手が違ったんだろう?」
「ッ…あの子は、葵は、最期になんて言い残したと思います?」
ふらりと頼りなく揺れた真鍋の頭を、夏原は迷わず自らの胸元に引き寄せた。
「両手を切り落とされ、止血処理もしてやらずに放置した私に向かって、葵は」
「感謝していたか」
「ッ…あなたは」
小さく震えた真鍋の身体が、肯定を意味していた。
「ふっ、銃口を向けた私に、ありがとう、ですよ?」
「だから引き金を引けなかった」
「はっ、それどころか、ひと思いに殺してやれと、温情をかけました」
「能貴、おまえも人間だ」
「ッ…私は」
「人の死に傷ついて、人の死を悼んで、何も悪いことはない」
そっと優しく髪を撫でた夏原の手を、真鍋は振り払うことはしなかった。
「これが女なら、今すぐベッドに連れ込んで、抱いて慰めてやるところだけれどな」
「はっ、誰があなたの慰めなど」
「まぁそう言わず。キスしていい?」
そっと真鍋の顔を覗き込んで、軽く首を傾げた夏原を、真鍋は薄く細めた目で見つめた。
「わざわざ尋ねるところはモテませんよ」
それくらいは察しなさい、と笑みを浮かべる真鍋に、夏原がハッと瞠目して、それから艶やかに微笑んだ。
「ん…」
そっと顎の下に伸びた夏原の手が、くいっと軽く真鍋の顔を持ち上げる。
大人しく、されるがまま身を任せる真鍋の口元が、ゆるりと弧を描いた。
形のよいその唇に、夏原の唇が重なった。
「ふっ…」
どちらからともなく漏れる吐息と、クチュッ、クチュッと上がる水音が絡まり合う。
舌を差し込み、唾液を交換し合うような濃厚なキスが、深く、長く続く。
「ンッ、はっ…」
「ッハッ、ん…」
荒々しく、けれどどこか包み込むように優しく、重なっては離れ、離れてはまた引き寄せ合う、唇と唇の間に唾液の糸が引く。
「んっ…」
「はっ、やっばい…」
互いに息を上げながら、それでも繰り返し重ね合わされた唇が、ゆっくりと静かに離れていった。
「能貴」
今しがた、真鍋の唇を貪っていた夏原の唇が、真摯な色を宿してその名を呼ぶ。
ツゥッと、唾液に濡れた真鍋の唇をなぞった夏原の指が、そのままふわりと真鍋の頬に触れた。
柔らかく顔を包み込む夏原の手を、真鍋は嫌がる素振りもなく、ただ、黙ったまま受け入れた。
「能貴、俺と、付き合って」
ーーお断りします。
取りつく島もない即答。
いつもなら、そう続くはずだった夏原の言葉。
「そうですね。考えてみてもいいですよ」
「ッ、よし、たかっ…?」
いつもと違う回答に、夏原が、喜びよりも驚きを、色濃く滲ませた。
「あなたとのお付き合い、考えてみてもいいですよ」
繰り返し同じ答えを紡ぎながら、真鍋は艶やかに微笑んだ。
それを見た夏原が、複雑な泣き笑いを浮かべる。
『たかがその死に様1つで、おまえにこれほどまでの空虚感を与えていったアオイが憎らしい』
「ふっ、嬉しくないのですか?」
傲慢に微笑む真鍋の身体を、夏原が掻き抱く。
「嬉しいに決まっている」
無抵抗に夏原の抱擁を受け入れて、真鍋が静かに目を閉じた。
『悔しいのですが、あなたの言葉1つに、癒され、心安らいだ私がいましたよ』
胸の虚空を、言葉1つで容易く埋めたのは、間違いなく夏原であったから。
「ですがまだ、イエスではありませんからね」
誤解なきよう、と呟く真鍋に、夏原は怯まない。
「ふふ、考える余地ができただけ上等。必ずはいと言わせてみせるから」
自信たっぷりに、傲慢に微笑む夏原に、真鍋がフッ、と小さな笑い声を上げる。
「どうぞ出目を誤って、振り出しに戻りませんよう」
「その憎まれ口が能貴だよね。大丈夫、俺はおまえを、絶対に見誤らない」
「随分な自信です」
ふふ、と笑う真鍋は、ほんの少しだけ、夏原の熱と、酒の酔いに浮かされてしまったかな、と小さく嘯いた。
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