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【恋は盲目】
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いつもの昼下がり。
俺はえるから借りたBL本を読み、えるは珍しくうとうとした様子で天井を眺めていた。夏休み中に生活リズムを崩したのか常にぼんやりとしている。虚ろな瞳をしたえるはとても愛しく写真に収めたいくらいだ。ミンミンミン...会話の音がないこの空間は無機物と生き物の音が響き渡る。ブワァァと扇風機が鳴った。
「なぁに見てんの。」
カラン、とコップの中の氷が溶け音がなる。じっと見つめていたせいか目が合ってしまい突っ込まれる。焦点の合っていなかった瞳が自分に集中した瞬間、胸を掴まれるような感覚に陥る。ゆっくりと動かす小さな唇は何とも艶めかしくて、俺は息を呑んだ。
「ごめんね」
最低限の言葉を口にした後、再び本に目を落とす。あぁ綺麗だ。本の中では男の人がふたりで手を繋ぎ、微笑んでいる。本の世界は優しい世界だった。必ず報われる。言わばハッピーエンド。綺麗な世界。いいなぁ、いいなぁ、羨ましい。再度ちらっとえるの方を向くと、えるはまたぼんやりとした様子で上を見つめている。何を考えてるんだろ...多分何も考えていないんだろうな。そよそよ、そよそよと窓から風が吹く。同時にパラパラパラ、と読みかけの本のページが踊る。本を置いた俺はえるに問いかけた。
「えるぅ」
愛しい愛しい名前を呼ぶ。呼ばれた本人はというと、こちらを振り向かないまま返事を返した。
「なに」
「…。何でもなぁい」
怒ったようにこちらに目を向けるえる。
「…あっそ」
明らかに不機嫌げに目をそらした後、またぼんやりと上を眺める。僕はそんなえるに同調したかように目線を上にあげた。少し古い木の板、中心には丸い電球、外の風か扇風機に押され揺れている糸...こうして見ると普段見ない天井にも色んな世界が広がっていた。でも、多分、違う。えるが見ている景色は、きっと、これじゃない。もっと、もっと…遠くて、綺麗な――…
「ねぇ、える」
今度は振り向かない。
「…僕もえると同じ景色が見たいな。」
えるの身体の動きが少し固まる。そしてゆっくりとこちらを振り向いた。
「俺が見てるのは、ただの天井だよ。」
そう口を動かし微笑んだ。外の光に照らされた唇に再び目を奪われた僕は揺れる視界の中で無意識に言葉を放つ。
「綺麗。」
本の中の世界が綺麗なのは空想世界(フィクション)だからじゃない。恋をしている世界をフィルター越しに見ているから。だから今のこの世界も綺麗だった。えるを瞳に映すと世界が揺らぐ。キラキラと目の奥が弾け飛ぶような感覚。えるって不思議。おかしなくらい綺麗で、可愛くて、愛しい人。あぁ、綺麗。綺麗。幸せ。
最近せきはぼんやりとこちらを見つめる。最初は眠いのかと思っていたけど違った。焦点は会ってないくせにしっかりと俺を見つめている。不意打ちで声をかけてもあまり驚かないし、いつものせきらしくない。今日も今日とでカマをかけてみるが落ち着いた様子で返される。どーしたもんかなぁと上を見上げると今度はあちらから話しかけてきた。おしゃべりなせきが話しかけてきたことに少し安心し、いつも通り返事を返すが結局は意味は無いと言うように会話は途切れてしまう。名前を無意識にでも呼んだのか。ぼやけた瞳でこちらを見つめ続けるせき。あいつには今どんな景色が映っているのか。
そんな時のこの一言。
“僕もえると同じ景色が見たいなぁ”
なぁ、違うんだよ。俺は至って普通だ。むしろおかしくなったのはせきの方。俺はお前の見てる景色が分からない。同じ場所を見つめてるはずなのに何かが違う。お前に俺はどう映ってるんだ?一体何を見ている?何も映っていないその瞳で。濁っているその瞳で。いつも幸せそうに綺麗って微笑む。こちらを見ながら幸せそうに微笑む。
今日も瞳は濁ってる。
恋は盲目。
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