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龍弥を愛して、愛して、愛した。
それでも過去は消せなくて、俺が龍弥を傷つけたことは事実で、だからこんなことになってしまったのだということはわかっていた。
龍弥と付き合いはじめて3年目の春。4月1日、入社式の日。その日の朝はここ最近見たことないくらい晴れやかな表情の龍弥に、俺はネクタイを締めてやっていた。
「龍弥、かっこいい。すっごくモテちゃうんだろうな」
「俺には兄さんしかいないよ。兄さん以上の人なんているわけないんだから」
嬉しかった。龍弥が俺を愛してくれることは、この世で一番の幸せだった。指先まで幸せが満ちているような、そんな感覚だった。
ちょうどその前日、久しぶりに彰吾から電話があった。最近連絡もできずにごめん、と早口でそう言われた。
『彰吾も忙しいみたいだね』
『ああ、ごめん......連絡してからって思ってたんだけどまじで忙しくて。今地方飛び回ってんだ。雅ちゃん、元気?』
彰吾の優しさは俺をどろどろに溶かしてしまうみたいな、甘くとろけるような幸せだ。けれどその幸せが龍弥を傷つけるのだと思うと、この頃には俺はもう彰吾の愛情を受け止めきれなくなっていた。それは彰吾もわかってくれていたのだろう。だから、自ら俺の側から離れていったんだ。......いや、そんなのは俺の思い上がりだろうか。
それでも、久しぶりに聞いた『雅ちゃん』と呼んでくれる声が優しくて愛しくて、俺は唇を噛んで泣いてしまうのを堪えた。今すぐ彰吾にすがりたかった。すがる?何故。俺は龍弥といられて幸せなはずなのに。
彰吾は近々アメリカに行くと言った。彰吾とよくコンビを組むカメラマンの柚木が、アメリカの有名なアートディレクターに買われて彰吾を誘ったらしい。アートディレクターは彰吾のことも知っていて、歓迎されたのだという。そこで、1年以上の長期に渡るプロジェクトに参加するらしい。
『雅ちゃんも......ああ、いや、なんでもない。ごめん』
ゆずと、彰吾。その名前が出たら、恐らく俺の名前も出てくるだろう。三人で作った作品は、この僅か数年の中でもいくつもある。それでも、俺は行けない。もう、ステージには立てない。カメラのレンズとは向かい合えない。
『いってらっしゃい。頑張ってね』
愛してる。愛してる、彰吾......
俺はその言葉を飲み込んだ。
『いってきます。......またね、雅ちゃん』
またね......俺と彰吾の関係に、またいつか、はあるのだろうか。俺はもう何も言えなくて、静かに電話を切った。
「兄さん?兄さん、どうしたの」
「あ......ううん、なんでもない。ハンカチとティッシュ。忘れ物はない?」
泣くことは許されない。俺には龍弥がいる。やはり、二人と付き合うことは不可能だったのだ。龍弥も、彰吾も傷つけた。俺ができることはもう、龍弥を幸せにしてあげることだけだ。しかし、それも正解なのだろうか。
一流企業に就職して、真面目で見た目も格好いい弟を、こんな兄が縛っていいのだろうか。
結婚して、家庭を築く。そんな普通の幸せを、龍弥から奪っていいのだろうか。
「いってらっしゃい。気をつけて」
キスをして見送る。幸せが何なのか、わからなくなっていた。
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