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退院して二週間が経った。いつの間にか季節が変わろうとしている。桜の葉はすっかり青々として、日差しは初夏を思わせるほど暑い。今頃龍弥はどうしているだろうかと考えて、掻き消すように頭を振った。思うことすら許されないような気がするのだ。あれからゆっくり家中掃除をしたが、龍弥の部屋だけはまだ入れずにいる。
食欲は相変わらずだったが、いくらか食べられるようにはなってきた。それでもしょっちゅう戻しては貧血で倒れている。家の掃除をする以外は、父さんの持っている英字の本を片っ端から読んだ。英語に飽きてくるとフランス語やスペイン語を勉強した。父さんの書斎は世界中の本で溢れていて楽しい。
「そういやおまえ、翻訳家になりたいとか言ってなかったか?」
その日はシェイクスピアの原文を読んでいた。世界中様々な言語で、様々な人に訳されてきた話を自分なりに読むのが好きだった。
「そんなこともあったかな」
「おまえの語学力と知識量なら、簡単になれると思うぞ」
「なにそれ、暗に働けって言ってるの?」
「そういうわけじゃねぇよ。いちいちひねくれるな」
大企業の広告モデルをしたことによる対価は大きかった。アングラでも生活に不自由ない程度には稼いでいたし、それ以前に株なんかで儲けた金もある。当面働かなくても平気なくらいの蓄えはあった。
「それより、父さんこそ最近仕事はどうしたの?」
しばらく気になっていた。一ヶ月のうちに数日帰宅すればいい方というくらい、全国各地を飛び回るほどの人気緊縛師が、俺が退院してから二週間ずっと家にいるのだ。
「俺もたまにゃ休まねぇとやってられん」
「ふぅん」
「まぁ、ちっとはおまえも回復したみたいだし、そろそろ再開するかなぁ......芹沢がうるせぇんだよ、まったく」
「芹沢さん。元気?」
芹沢さんというのは、関東で行われるフェチイベントのほとんどを企画している人で、俺もよく世話になっていた。久しぶりの名前を聞いて、少し心が騒ぐ。
「最近ますます元気だぜ。北海道でめちゃくちゃイベントとかしてる」
「北海道?なんでまた、すごい地方に」
「カニが食いたいんだとよ」
「あはははは」
あの人はあらゆる意味で欲望に忠実だった。それでも、仕事に関して手を抜くことは一切なく、スタッフの扱いに長けていて人望も厚い。
「......仕事しようかなぁ、そろそろ」
「まさか、緊縛やるつもりか?」
「あれが俺のホームグラウンドだよ」
「......やめとけよ」
急に父さんのトーンが落ちた。訝しく思って顔を覗き込むと、珍しく難しい顔をしている。
「おまえはアングラにいなくてもやっていける」
「......だから?」
「自分の能力を活かして生きろ」
「そんなの、そっくりそのまま父さんに返すよ」
俺なんかよりはるかに父さんの方が頭がいいのは知っている。
「俺は......もうこんな歳で再スタートなんて、考えるだけで疲れるんだよ。おまえはまだ若い」
「......まさか、最近抱いてくれないのも、俺に真っ当な生き方させようとしてるからなの?」
「......ああ、そうだよ」
「バカじゃないの」
なんだかすごく腹が立つ。父さんはいつもそうだ。自分が俺をアングラに引きずり込んだと思ってる。いや、たとえ始まりがそうだったとして、俺がいつ嫌だと言ったのか。
「俺には俺のプライドがある。俺は気に入って緊縛の仕事をやってる」
「それは......あぁ、そうだな。悪かった......でも、今復帰するのは時期が悪い」
「......どういうこと?」
父さんは何かを誤魔化そうとしたようだけど、俺がじっと見つめ続けると腹をくくったようにため息をひとつついた。
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