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『......ご家族の方は』
『彼は一人です。親族はおりません。私達が一番親しい者ですので』
『そうですか......では、別室でお話を』
案内される前に、手術室から蓬莱さんが運ばれ出した。横たわる蓬莱さんはまるで死人のような顔をしていたが、まだ胸が上下していることで生きているのだとわかった。
『蓬莱さんの胃には悪性の腫瘍が確認されました。今は止血を行っただけですが、恐らく......ステージ3、あるいは......ステージ4、末期である可能性もあります』
『え......』
吐血から意識がなくなったところを見て、ただの胃潰瘍レベルではないと思っていたが、突きつけられた現実に俺達は言葉を失った。
『明日、また検査を行いますが、あの大きさだと......恐らく、転移していてもおかしくありません。しかし、末期だからといって完治しないわけではありません。まずは癌の部分とその周辺を切り取り、それから放射線治療や抗癌剤で転移した癌を縮小させるか、あるいは進行を止めるか......転移していなかった場合にも、抗癌剤等で再発を抑えることは可能です。ただ、胃を半分以上取ることになるのは間違いないので、今まで通りの食生活に戻ることは難しいでしょうが......』
医者の説明が、他人事のように右から左へ通り過ぎる。しかし芹沢はここでも冷静に、しっかりした顔つきで頷きながら話を聞いていた。
『......まぁ、親しいとは言え我々は他人でしかないので、今後の治療をどうするかは本人に聞いてください』
『そうですね、そうするつもりです。すみませんが入院手続き等の記入をお願いできますか』
一通り落ち着いた頃には、空が白み始めていた。きんと冷えた空気と朝焼けが心まで凍りつかせるようだった。
『......悪いな、芹沢』
『え?』
『いや......俺は、テンパってばかりで何もできなかったから......』
『うち、じいさんと親父がどっちも胃ガンで死んでるんです。親父が倒れたのはまだ数年前のことで、まぁ、慣れてたっていうか、身体が勝手に動いたって感じです。って、いや、蓬莱さん死ぬと決まったわけじゃないのに、縁起でもないこと言っちゃった』
『......あの人は、死なねぇと思ってた。殺したって死なねぇなって』
『......わかりますけど』
『よくよく考えりゃ、あの人も65歳の人間のジジイだもんな』
『はは......そうですよ。東雲さんだって、もう半世紀生きてるわけでしょ』
『そうだな......』
『俺、昼頃また顔出すつもりですけど、東雲さんはどうします?』
『あぁ......行くよ。一応な』
それから互いに別方向のタクシーで一度自宅に帰った。
俺だって、親い人間の死を間近に感じるのは苦手だった。さっきまで笑っていた美織が、いきなり命を奪われた、そのショックはずっと心の中に残っていて。
『......死なんでくださいよ、蓬莱さん......』
俺はタクシーの中、祈る思いで組んだ手に額を乗せて俯いた。
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