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(Side:蓬莱一豊)
「さあ、そろそろ終電を逃してしまうんじゃないのかい。お開きお開き」
「えー、泊めてくれないんですか。腐るほど部屋ありそうなのに」
「はは。可愛い奥さんが嫌がるからね。帰った帰った」
雅は客人の前だろうと、東雲の前だろうと構わず俺に擦り寄ってきた。酒の味見だと言って何度もキスして手に指を絡め、話に相槌を打ちながらもずっと身体は俺に向いていた。
俺のために作られた料理。俺が少しでも食べられるようにと、それでいて病人食にならないようにいつも気づかってくれているのはわかっていたから、少しでも多く食べてやる。なのに、俺を気にするあまりに自分が食べていないことに気づいていない。東雲は呆れたような心配げな顔をしている。
今夜は可愛がってあげると約束したからには、二人をさっさと帰して雅の相手をしてやらねばなるまい。今日で粗方話はついた。もうわざわざ東原を家に呼ばなくても、後は東雲が間に立ってなんとかしてくれるだろう。
雅と二人で門まで東雲と東原を見送った。
「雅」
呼びつけたタクシーに東原が先に乗り、それから東雲が振り返って雅を呼んだ。
「愛してる」
「......父さん、酔ってるの?」
「あれくらいで酔うか、バーカ」
雅を抱きしめながら、俺を見る東雲にわかっていると視線で返す。俺とて雅を悲しませたい訳じゃない。心から愛して、甘やかして、生きている限り幸せにしてやりたいと思っている。東雲の元に帰せば済むなんて、簡単に思っている訳じゃない。
去っていくタクシーを見送る雅が少しだけ寂しそうで、何だかんだと言って父親思いな雅をそっと抱き寄せた。
「お父さんが帰って寂しい?」
「......まさか。子供じゃないんですから」
「今夜は暖かいね。少し庭を散歩しようか」
「......でも」
「そのくらいどうってことないさ。まぁ、屋敷の裏側まで行くと疲れるけどね。広すぎるのも困りものだ」
今夜は満月で、ろくに灯りのない庭も明るく照らされていた。
東雲に、雅が泣いていたと聞いた。一人で出掛けたスーパーで。最近はずっと家の中に閉じ籠ってばかりいた。今とて家の中に変わりはないが外の空気に触れているだけでも心地良かった。手を繋いで、ゆっくり歩く。池の近くまで来て、水面に揺れる月を見てふと空を見上げた。
「雅......ごらん、月が綺麗だ」
夜空を見上げる。そんな些細なことも、初めてかもしれない。
「......それはわざとなの?」
囁いてから、自分が言った言葉がかの文豪の台詞だったと気づいた。
「......死んでもいいわ」
本当は、月なんかより月光に照らされた雅の方が何倍も綺麗だと思った。そして、涙を溢しながら雅が言った言葉に胸が詰まった。この子は、本当に......
「今夜見た満月を、俺は絶対に忘れないから......」
「雅......あぁ、愛してる......」
「一豊さん......もっと愛して......今夜は、ベッドで」
「ああ。でも我慢できないから少しだけ」
「ん......っ」
春の夜風に包まれて、雅を腕に抱きながら口づけた。もう少し、あと少し、どうかこの子を一秒でも長く抱きしめていたい。
夜空にぽっかりと浮かぶ月に、俺はそう願わずにはいられなかった。
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