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夜も更けて、ようやく雅も落ち着いた。......いや、諦めただけかもしれない。叫んでも喚いても、もうこの人が起きることはない。それでもなお、目を真っ赤に腫れさせながら泣いていた。涙が止まることはない。蓬莱さんの布団をぐっしょりと濡らしていく。動かない蓬莱さんの身体を何度も抱きしめて、口づけている。
「......ちょっと電話してくる」
「......」
雅の目は虚ろで返事はなかったが小さく頷いたのが見えた。廊下に出て、医者と東原、それから芹沢に電話をかけた。
『......そうですか。わかりました。葬儀とかはどうするんですか?喪主は......雅くんですよね』
「葬式はするなと言われてる。死体を他人に晒したくないってな......。しかし火葬しないわけにゃいかんし、お経の一つでも唱えといてもらわんと、化けて出てきても嫌だからな」
『ははは......それは恐いですね』
「俺と雅と......成宮には連絡した。すぐにこっちに向かうと言っていたから、成宮が来てから火葬場に」
『俺も行っていいんですか?』
「あぁ。時間があるなら......蓬莱さんも、芹沢なら許してくれるだろ」
『許してもらいますよ。別れの一言くらい......なんだかんだ言って、蓬莱さんにはお世話になりましたからね......。明日の朝一番に向かいます』
成宮も明日の朝日本に着くと言っていた。火葬場には昼過ぎに行く。
「はぁ......」
ため息を一つついて、リビングに戻る。遺体に寄り添ったまま動かない雅に、ソファーの上に起きっぱなしにされていたブランケットを掛けてやった。
「夜はまだ冷えるな......熱いコーヒーでも飲むか?」
雅はふるふると首を横に振る。飲まず食わずじゃこいつも死んじまう。蓬莱さん......雅は返してくれるんでしょう。連れてかんでくださいよ......目覚めぬ蓬莱さんの躯に心の中で話しかけた。
勝手にキッチンに入り湯を沸かす。冷蔵庫の中を見ると、そこそこ食材が入っていた。最近は家政婦を雇って雅の食事は作らせていたらしいが、ほとんど手をつけることはなかったらしい。
がさごそと引き出しを全部開けて回ってコンソメを見つけると、ありったけの野菜を適当に切って鍋にぶちこみスープを作った。
「......ほれ。食えよ」
「......いらない」
「食え。おまえは生きてんだから。元気に食ってる姿見せねぇと、心配で成仏できねぇよ」
「......成仏なんかしないで、ずっとここにいてほしい......」
「阿呆。ほら。お父様が作ってやったんだぞ、ありがたく食えって」
「......」
ようやく雅が俺を見た。そして、手の中のスープカップを見て、ふ、と笑った。
「父さん......成長してなさすぎ......」
「あ?」
「......母さんが死んだ時も、これ作ってくれた」
「そうだったか......?」
「そうだよ。しばらくは外食してたけど、俺も龍弥も母さんのごはんに馴れててあんまり美味しくなくって......そしたら父さんが、ボソボソのごはんと火の通ってない野菜スープ作ってくれたんじゃん」
そんなこともあったかもしれない。昔のこと過ぎて忘れていたけれど。
「龍弥はまずいまずいって言って食べなかったけど......俺は嬉しかったの覚えてる。ふふ、いただきます」
雅はひと口啜って、しょっぱい、と言った。
「おまえが泣いてるからだよ」
「......でもおいし。......一豊さん、父さんが作ったスープ、味見する?」
スープをひと口食べて死人に口づけている。その様子に、少し笑顔が見られたからといって雅の心はまだ深い闇の中にあるのだと感じた。
「しょっぱい、よね......」
ほとんど食べられなくなってからはこうしていたのだろう。あの時も、酒を飲んでは口づけていた。
雅は泣き笑いのまま、ほんの少し食べただけでまた蓬莱さんの身体にべったりと張り付いて、それからはもう離れなかった。
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