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(Side:東雲博之)
蓬莱さんと最後の別れの後、雅は母親の名を呼んだ。
「おかーさん......」
17年前の雅を見ているようだった。......いや、あの時は自分自身が取り乱していて雅とちゃんと向き合ってやれなかったのだが。
人間いずれは死ぬし、長く生きていればそれだけ人の死にも直面することも多くなる。悲しい別れだが、それを永遠に引きずっては生きていられない。どこかで折り合いをつけて前を向いていくしかないのだ。
けれど、雅の心は幼すぎた。いつも大人びた立ち居ふるまいに隠されているだけで、吐き出せない思いを内に秘めて幼いままの雅が悲鳴をあげるのだ。幼い弟と不甲斐ない父親のために早く大人になってしまった雅は、きっと蓬莱さんには俺にも見せない顔で甘えていたのだろう。40という歳の差の中で、二人は特別な愛で結ばれていたのかもしれない。
泣きじゃくる雅は次第に虚ろな瞳になって、力なくその場に座り込んでしまった。しかし、支えようとした俺の手を払って一人で立ち上がると、側にあったソファーに腰を落とした。
「雅くん......大丈夫かな、なんだか様子が......」
芹沢は雅に近寄り何か話しかけているが、雅は芹沢を見ることはなくただただ蓬莱さんが行ってしまった後を見つめていた。心ここにあらずといった様子だ。下界のもの全てをシャットアウトしているように見える。これは、まずいかもしれない。
「......成宮、悪い」
「東雲さん......」
近くにいた成宮の肩に手を置いて、俺は頭を項垂れた。己の不甲斐なさに泣きそうだ。
「俺はほんと、親失格だなぁ......」
「そ、そんなことないです。俺には親父がいないからわからないけど......雅はすごく東雲さんのこと信頼してるし、すごく......いい親子だと、思います、けど」
「あの雅を見てもか?......俺はどうしてやることもできねぇんだよな......」
「それは、俺だって......」
弱音なんて他人に言わないはずだったのに、雅に拒絶されたのは思いのほか堪えた。
今度は間違えたくないのだ。セックスに溺れさせて現実から目を背けさせるなんて方法ではなく、雅には前を向いて、目の前にある成宮の手を取って幸せになってほしいと願っている。
「成宮、おまえ......雅が好きか?」
「......はい。俺には、雅しかいません......でも」
「頼りにしてるぜ。おまえも俺の息子だ。蓬莱さんよりは、ましな親父だと思うぜ」
「東雲、さん」
「......雅を救ってやってくれ。頼むよ、不甲斐ない父親の代わりにさ......」
成宮がなんだかんだ言っても蓬莱さんを慕っていたことは知っている。蓬莱さんの死でショックを受けているのは雅だけではないはずなのに、成宮には難題ばかり押し付けてしまう。
そしていつの間にか時間が経ち、変わり果てた蓬莱さんが俺の目の前にあった。
人間なんて、なんとあっけないものなのだろう。
「あああああああああ......っ」
蓬莱さんの骸骨の前で気が狂ったように雅は泣き叫んだ。その背中を、けれども俺たち3人は誰も手を差しのべることができなかった。雅から何かが放たれているかのようだ。それは、雅自身が他人を寄せ付けまいとするオーラなのか、あるいは......蓬莱さんが、雅を離すまいとしている気配なのか。
小さな坪の中に収まってしまったそれを、雅は大事に抱え、愛しむように撫でて微笑んだ。
蓬莱邸に帰ってきた俺たちを、雅は玄関まで通すことなく言い放った。
「本日は、遠いところから一豊さんのためにありがとうございました。初七日も四十九日も、俺一人でしますので。申し訳ありませんが、もうお帰りください」
父親の俺にまで他人の顔を見せる。この広い屋敷で、骨になった蓬莱さんと永遠に過ごすつもりだろうか。そんなことは許さない。たとえ生きていたとしてもだ。
「雅、アホか、おまえなに考えてる」
「雅くん、俺たちをこの家に入れてくれとは言わないけど、しばらくの間だけでも東京に戻ってきてはどうかな?彰吾くんはうちに泊まってもらってもいいし」
芹沢もそう言ったが、雅は冷たく美しい顔を伏せて綺麗な所作で頭を下げた。
「......失礼致します」
そして門の中へと消えていく雅を、俺たちは引き留めることもできなかった。
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